箱根は5月中旬から下旬が、新緑の瑞々しさが溢れ若葉が光っていた。湿生花園では、”幻の花”とされる青いケシが咲きそろい、黒百合などにも出会えた。ツツジは終わったが、この時期の箱根の魅力を初めて知った。
新緑は平野部では、色が日増しに濃くなって、心に沁みる瑞々しさは失っているが、箱根には若緑でいっぱい。ちょうど里よりもひと月遅れで、新緑の美しさに堪能した。
毎年、湿生花園に水芭蕉が咲く、4月10日前後に訪れるの慣例のようになっていて、連休明けの5月中旬に訪れるのは初めてである。湯本から強羅、仙石原への早川沿いの九十九の急坂コースは定番になっていて、ヘアピンカーブのハンドル捌きを楽しむのは例年どうりである。
ことしは、車に寿命がきて、コンパクトカーの小型車に買い換えた。エンジン出力も1300ccに落としてので、箱根の険を乗り切れるか不安だった。ところが、それまでの2000ccクラスには劣らず、エンジンの喘ぎはまったくなく一気に駆け上る馬力に驚いた。
ハンドルが軽いのでカーブで深切りしないようにしながら、緑のトンネルを走っていると、突如、渓谷のガードレール越しに青い桐の花が姿をみせた。桐は10m近く伸びた樹のテッペンに花を咲かせるので、なかにか見る機会がなかった。早川渓谷の桐が成長して道路に頭をだし、美しい花で歓迎してくれた。カメラに収めたくても後続車が迫り、駐車する余地もない。残念ながら、安全運転をしながら横目に楽しむしかなかった。
標高が高くなるにつれて、若緑の瑞々しさが目立ってきた。定番になっている仙石原のHホテルに寄って、ラウンジのコーヒーショップでカプチーノを飲みながら、金時山を背景にした庭園(写真)を眺める。
早春、梅雨どき、紅葉シーズンによって庭園の樹々の風情が微妙に変化して、その季節の風景を楽しんできたが、目の前に広がる
緑の素晴らしさに息をのんだ。
落葉樹の若緑に負けじと、ヒマラヤシーダーや樅の木の常緑樹まで柔らかい緑の葉が光っていた。金時山の山肌は樹々によって緑の濃淡が違う斑模様を描いている。庭園を歩いたら、爽やかな五月の薫風が頬をなでる。ことしは、平地では天候不順で”五月の風”に出会やなかっただけに、体だけでなく心まで爽やかになって「美しき五月」をはじめて満喫した。
緑の林の中にある定宿の会社の寮でも、部屋の前に緑の庭園が広がる眺めが最高の部屋だったのはラッキーだった。温泉に入ったあとは、部屋のテラスで籐椅子にもたれながら緑の樹々に堪能、時間を忘れていた。
一概に新緑といっても、落葉樹や常緑樹、樹の大小、葉の形など、それぞれによって緑の表情が微妙に違う。一説には数十種類の新緑があるというが、クヌギや楢の落葉樹は柔らかい葉を風になびかせ、その横ではヒマラヤシーダーの大木が天を突くように高く聳える。
剪定したわけでもないのに、尖端にゆくほど枝の張り出しが少ない三角計の紡錘形、天然のデザインが見事である。常緑樹のヒマラヤシーダーがこんなに瑞々しい若葉を付けるとは知らなかった。背が高いから、夕陽が差すとと、その若葉が輝く。根元にはドウダツツジの緑が色鮮やかである。
「心に沁みる」や「心が洗われる」という表現そのままの眺めに、ときには緑と語りあう至福の一刻を、心ゆくまで楽しんだ。
仙石原の湿生花園を開門と同時に訪ねる。午前中てないと花の生きいきとした姿が見られないので、寮に泊まった翌朝、一番に訪ねることにしている。まず目に入ったのが、ヒマラヤの青いケシ。ブルーポピー(写真)と呼ばれ、「ヒマラヤブルー」といわれる神秘的な色は、”幻の花”とされ愛好家には人気がある。
標高3000㍍~5000㍍の高地に自生する。暑さに弱いので栽培は難しく、日本でも数箇所でしか栽培に成功していない。湿生花園もその一つだが、箱根本来の草花でないため、入り口近くの「外国の山草と園芸種」の区画に群落がある。昨年は6月の梅雨前に訪れたとき、一本だけ咲いていてカメラマンが群がっていた。
ことしは、群落いっぱいに妖しい青い花を咲かせていた。ヒマラヤの高地だと色が濃く、その年の気候によって青さが微妙に違うというが、これだけ多くのブルーポピーの花に出会えたのはラッキーだった。
湿原の中の木道を通って低層湿原区へ。カキツバタの花で賑わう水辺にクリンソウ・九輪草(写真)が名前のように花が段をなして咲いていた。お寺の三重の塔の上にある九輪塔によく似ているところから命名された。谷川の辺に群生し八ヶ岳山麓でもよく見かけたが、サクラソウ科とは知らなかった。
サクラソウでは最も大型で野草とは思えぬ派手な美しさがある。「山間の渓谷に群生する姿はまことに美しい」と植物学者の牧野博士は絶賛、俳人の一茶も句に詠んでいる。
「野育ちの美少女を連想させる」というが、湿生花園ではいたる所に群生しており、毎年、この花を見るのを楽しみにしているが、花のシーズンは6月上旬まで、それを逃すと花はみられない。昨年は見られなかった。
夏本番になると、尾瀬や霧が峰で咲くニッコウキスゲの黄色の花、秋にはリンドウの紫で埋まる草原区の木道の先に休憩所がある。ここで一息入れるが、ふとみるとハマナスの赤い花(写真)が咲いていた。
「知床旅情」の歌で「ハマナスの花咲く丘」と歌われ、ハマナスは一躍有名になった。知床へ旅したときは、葉だけの低木が群生しているだけで花はなかった。前から休憩所脇にハマナスの木が植えてあるのは知っていたが、赤い花に出会ったのは初めてだった。
浜辺に生えて、プチトマトのような赤い実をならす「浜梨」が、語呂のよいハマナスになって歌にうたわれて、知床旅情をそそるようになった。浜辺でもない高原の箱根に、どうして根付いたのか分らないが、湿生花園発行の花の図鑑にも載っている。ロマンをそそる美しい赤い花は、地味で小ぶりの花が多い湿生植物の中では、艶やかな感じがした。
アヤメ(写真)が咲く水辺の木道をゆっくり歩いて「高山のお花畑」に向かう。日本の高山植物150種類が集められた湿生花園の見どころで、花が咲くのは自生する日本アルプスなど高地よりも2カ月早い5~6月に花が集中している。もっとも人気が高いのは、高山植物の女王といわるコマクサ。次がクロユリといわれている。
そのクロユリ(写真)の花に出えた。花は5月だけで、6月になると葉になり、栽培が難しいので見る機会が少ないという。クロユリは黒百合といわれ、恋の花として有名だが、これはアイヌ伝説に由来するもので、人知れず、ひっそり咲くの特徴である。
下向きに目立たずに咲く。艶やかさや華やかさはなく、恋の花という印象にはほど遠く、うっかり花を見過ごしてしまう人が多いという。人知れずにそっと愛する人に贈る花に相応しく、慎ま
しやかに咲いているのが印象的だった。途中から引き返して、これが黒百合かと感慨深げに花を眺めている人が多かった。いままで抱いていた黒百合の印象とは違った花に、そのほうが味わい深く風情があると、あらためて思いなおした。
その近くの岩陰にミヤマオダマキ(写真)が、薄紫の花を咲いていた。

湿生花園の中でやや標高が高い「高層湿原区」をまわって、出口に戻った。ここで偶然、出会ったのが蓮華ツツジ(写真)である。箱根のツツジはほぼ終わりに近づいていたが、霧が峰や八ヶ岳など高冷地で咲く、このツツジは朱色の花も鮮やかに咲いていた。
蓮華ツツジは葉に毒があるため、牛馬は食べず放牧地では、群落となって、レンゲ畑のように赤い花が高原や山肌を埋める。その壮大な美しさに惹かれて、霧が峰や八ヶ岳になんども通った。
自生しているので根から引き抜いて持ち運び、庭に植えたが3年で枯れてしまった。標高が1000㍍以上の高地でないと、生育しないらしい。そんな思い出のあるツツジに出会えるとは予想もしていなかった。
ただ、八ヶ岳山麓の高原より、標高が低いためか、色がやや薄かった。
出口へ戻りながら、湿原の木道を歩いていると、蛙の初鳴きが耳に入る。しばらくすると、それに呼応するかのように鶯が鳴く。まだ完全にホ、ホケキョとは鳴けずに目下、発声の稽古中らしい。
湿原に続くススキ原からは雉の声もするが、今回は雉は鳴かず、彼らの三部合唱を聞けないのは心残りだった。
途中、石楠花が咲いていた。平野部では花は終わりになったが、花の色合いの素晴らしさに立ち止まった。標示には「アズマシャクナゲ」(写真)とあり、東国、関東の山に咲く石楠花という意味で、葉の裏には毛が密生しているのが特徴だという。公害のない山中で咲く花は色合いが違うのに感心した。
こんど湿生花園を訪れるのいつになるだろうか。最近は、鷺草をみてないので、鷺が飛び立つままの姿そっくりの鷺草の花が咲く、8月中旬には是非訪れたいと思いながら、湿生花園をあとにして、元箱根まで新緑のドライブを楽しんだ。