パソコンの"もの忘れ"増長
中高年の間にもパソコンが普及してネットライフを楽しんでいる高齢者が少なくない。「パソコンをやっているから認知症にはならない」と信じているが、最近、「ネット依存は記憶力を減退させ"もの忘れ"を増長させやすい」と脳科学研究者の間で唱えられはじめられた。年齢には関係がなく、一日じゅうパソコンと向き合う中年会社員の間に、こうした悩みを訴えてクリニックを訪れるケースも出てきたという。
かつては"ワープロ文盲"、いまは"パソコン文盲"といわれて、パソコンで文章を書くようになってから急速に漢字を正確に書けない人が多くなった。難しい漢字でもきちんと読めるが、いざ書くとなると、朧げな文字は浮かぶが自信がない。思いだそうと焦るとますます正確な字画が吹かばずにパソコンの文字変換に頼る。その繰り返しから、漢字の手書きから遠ざかってしまい、さらに"文盲"の度合いが進む。
年齢を問わず、多くの人が悩んだり経験する。日頃、パソコンで文章を書く機会の多い人ほどその傾向が強く文字変換に頼るから、いざ改まって手書きで手紙を書こうとすると辞書を片手に四苦八苦、文章の流れも乱れてしまう。漢字忘れを克服するため、せめて日記ぐらいは手書きにと挑戦するが、時間がかかるのとコンプレックスから長続きはしない。
携帯電話のメール交換から葉書や手紙を書く習慣は薄れる。パソコンのメールも同様、ブログも、ひと昔前と違ってかなり長文なエッセーなどを書くようになって、漢字が浮かばなくても「変換」でなんの苦もなく書きこなせる。悩みだった文盲コンプレックスも忘れて、それが当たり前のように思って気にならなくなる。
ところが、人の名前を思い出せなかったり、車のキーなどの置き場所を間違えて探し回る"もの忘れ"が、年とともに多くなって、さては認知症の前兆かと人知れれず気になる。そんな矢先、脳神経外科医・築山節氏の『フリーズする脳』(NHK出版・生活人新書)に出会った。
パソコンが突然、機能が停止して操作不能になることを「フリーズ」という、文字どうり「凍って」しまってニッチもサッチもいかない瞬間的なもどかしさは、パソコンを使う人はだれで経験しているだろう。築山氏は脳の機能をパソコン用語で解説、著書のタイトルにするほど、パソコンと脳の関係を詳しく研究している。
「インターネットと物忘れの関係」「ネットで調べた知識は忘れやすい」「ネット依存に陥っていくメカニズム」などが、具体的な診療例から解説されており、パソコンマニアの陥りやすい落とし穴に共感させられた。
インターネットを使うようになってから「思い出す力」が低下したと訴える人が多く、ある民間会社の調査で「10代から60代のパソコン利用歴1年以上のユーザーを対象に調べたら、約10%の人がインターネットを使うようになってから物忘れがひどくなったと訴えていた」という調査が紹介されている。
その原因についていくつか解説されているが、ネットの検索機能を使って即座に答えを出すのが日常化され、かつてのように思考をコーディネートしなから粘り強く「思い出す」努力をしなくなったのが原因ではないかと、指摘している。
たとえば、「岐阜の名物は?」と聞かれると、地元に縁のない人は岐阜の風景を思い浮かべたりしているうちに「岐阜には山や川があり、飛騨高山を思い出して木工細工をあげたり、長良川の鵜飼から鮎を使った名物があるはずだ」といったふうに思い出す。ところが、現代はパソコンのインターネットで「岐阜・名物」と検索すれば一発で回答がでてしまう。
ネットは検索ひとつで「なんでも答えてしまう」利便さから、「思い出す能力」が劣化し、やがては「物忘れ」の頻度が増すようになるというのである。
インターネットで得た知識は忘れやすいと築山説は述べている。記憶というものは、能動的に作った手かがりが多いほど、自分の意思で引き出しやすくなるという根拠である。認知症になった人は昔の記憶はしっかりしているのに、昨日今日のことは覚えていないといわれる。痴呆した老婆が、家計が苦しかった新婚時代に買ったバケツを宝物のように押入れに仕舞っておき、嫁が捨てたら大騒動になった話を聞いた。能動的な手による記憶と通ずるように思える。
ある情報や資料を調べるため図書館に通ったがみつからず、大きな本屋まで出かけて本のページをめくっているうちに偶然みつけて買って帰り、家で読んだ本からの記憶や、人に電話したり、現地へいって調べたことの記憶はもっとも引き出しやすい。多くの選択肢のなかから適切な方法を選び、意志的、計画的に並べて情報に近づいてゆくのは、まさに高次脳機能を使う活動であると、築山氏はのべている。
そこへゆくと、インターネットのプロセスが単純化され、検索のキーをたたけば瞬時に調べられる。反復したり、努力して自分の記憶にする必要がない。インターネットをあまりにも便利に使うことによって、日常生活の中で、知識を得るまでのプロセスに多様性や複雑さをなくし、思いだす手がかりのない記憶がどんどん増えてゆく。インターネットを使うようになってから物忘れがひどくなったと訴える背景には、こうした点もあるらしい。
要するに、しっかり調べて、しっかり記憶するという習慣がなくなり、忘れたらまた検索すればよいと安易になって「お気に入り」にいれておけば記憶したように錯覚してしまう。パソコンに限らず、一事が万事で、これが日常的になって物忘れが酷くなるというのである。
「フリーズ」というのは、凍るように固まって瞬間的に機能が停止するだけで、また回復する。故障や損傷とは違ったパソコン現象といわれている。人間の脳のフリーズも同じで記憶を携わる前頭葉そのものに損傷があるわけではないが、その頻度が多くなると認知症への黄信号にもなると警告している。
パソコン、インターネットの利便性や有用性は、大いに活用してネットライフを楽しむのは当然だが、ネット依存に陥る危険性も承知しておいたほうがよいだろう。築山氏は「インターネットは現代社会に開いた落とし穴のように、人々をネット依存症の世界に引き込んでゆくところがある」と警告し「ネット依存の人たちは感情系の快を求めている。趣味の情報だけでなく、仕事でも自分のプラスになる情報は快と考える。インターネットはねそれがあまりにも簡単に得られる。しかも、周囲の情報を多面的に捕えようとする脳機能は次第にお休み状態になっしまうから現実の面倒なことは忘れている。そこに嵌まってくると、感情系が優位になっやめられなくなる。これがネット依存症のメカニズムだ」と解説している。
ネット依存症から抜け出すのには、ネットの世界に入ってゆく最初の段階を外すことから始める。一日のはじまりに、パソコンのメールをチェックしてそのままインターネットを見詰めるという習慣をやめる。ネットサーフィンなど、感情的な快に結び付くので、やめるのはますま辛くなるが、一度、電源を切ってパソコンから離れて外の散歩をするとか、部屋の片付けとか整理をする。部屋の片づけは,高次脳機能を維持する基礎的なトレーニングになることが立証されている。雑多の仕事を見つけては、作業手順を考え、メモに書き留めて実行することからはじめる。こういう習慣を身につけることは脳にとってもよいという。
ネットライフを有効に楽しむためにも、早速、実行してみよう。
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