7月 01, 2008

お茶の間・テレビ議員ランキング

 国会議員の所得報告書が公開され、テレビに出演しお茶の間に顔を売る"テレビ議員"の番付を「朝日」がまとめた。07年度分で、やや古いが、自民党の小池百合子議員がトップ、汚職事件の鈴木宗男氏が3位とは意外だった。いわゆる"時の顔"としてテレビが取り上げたもので、話題性ばかりを追うテレビ局の政治意識の低俗ぶりを物語っている。

 国民の政治意識が問題にされているが、いまは新聞よりもテレビによる影響がはるかに大きい。ワイドショーなどに競って出演、名を売ろうとする政治家にも問題はあるが、各テレビ局も政治と真っ当に取り組む番組で、日本の政治を左右する政治家を出演させて欲しい。
 さしたる根拠もない政界雀のうわさ話による"人気番付"は、政治家を誤らせ、国民の政治意識を低俗にする危険がある。新聞など活字離れが進むなかで、テレビの役割や影響力は大きき。話題性と興味本位だけの政治番組は、政治家のタレント化を増長させ、選挙にも影響するようになると、たかがテレビとはいっておれなくなる。Terebgin_4

 テレビ議員ランキングのトップ、小池百合子議員は、防衛大臣当時、防衛事務次官との激しいやりとりで防衛省改革の口火を切った。それ以来、テレビ出演が頻繁になり、出演料は1653万円(前年比1365j万円像)と急成長ぶりを示している。
 それが尾を引いて、最近は首相になる自民党総裁選のポスト福田の"候補"に取り沙汰され、週刊誌だけでなく、大新聞までがキングメーカーを自称する森元首相に、名前をあげて探りを入れている。瓢箪から駒の思惑から本人もその気になって動いているというから、テレビ・ランキングは軽視できない。
 2位の麻生太郎氏は、07年9月の自民党総裁選挙に名乗りをあげ、退陣した安部内閣を幹事長として支え、その後始末をした。現在はポスト福田の最有力候補とされており、まずは順当だろう。
 3位にランクされた鈴木宗男氏は、前年のトップだった。汚職事件で獄中生活を送り、控訴中でありながらテレビ出演の機会が多いのは、良くも悪くも話題性があるからで、この辺にテレビ局の節操のなさがうかがえる。

 4位から5位は、自民党で公務員制度改革に取り組む渡辺行革担当大臣、外交、拉致問題のテレビ常連組の平沢勝栄氏が、総裁候補とされる谷垣禎一氏と並んで自民党が独占している。
 野党の民主党では、年金問題追求の火付け役となった長妻昭氏が、8位に食い込み、前年よりも出演を激増させている。テレビを通じて政策を主張する議員がベスト10に入り、前年とは違う傾向をみせはじめた。
 テレビの出演料は1万円から5万円が相場で、タレントとは比較にならぬほど安いが、顔と名前を売ろうとする政治家の出演志向が強い。一方、テレビ局の政治家の出演依頼も活発化され、国民がお茶の間で政治判断をする傾向はさらに高まることが予想される。
 それだけに、テレビ局は話題性だけでなく、政治家の信条、資質を見極める高度の判断が要求される。テレビをみて、政治家の品定めをする傾向が若いテレビ世代に多いだけに、テレビの政治番組は重要である。NHKは公共放送といいながら、予算を握られている自民党寄りに傾き易いだけに、民放テレビの報道と政治番組は重要になる。

 ある大新聞の論説主幹をつとめ、米国の名門大学の客員教授にも招聘されて、新聞界では筆名高い知人が、乞われて名門女子大学で政治や日米問題を教えることになった。たまたま、話がテレビの政治番組におよんび、キャスターをつとめるかつての部下をA君と名指しで呼んだら、「先生はAさんを君付けで呼ぶのだから偉いんですね」と、驚異の眼でみられた。
 論説主幹だった彼と、ニュースキャスターのA氏とは、新聞社の地位だけでなく見識、力量も桁違いである。名門女子大生がテレビキャスターを、それほど"偉い人"とみているのに、彼やその仲間たちは呆気にとれた。
 比較的、教養があるとされる女子大生にして、この調子ではと、テレビの与える影響力の大きさにマスコミ首脳部も驚いた、という話を聞いた。
 政治家のテレビ議員番付は、単なる話題としては済まされない時代になっている。テレビ局側も、視聴率争いに狂奔するだけでなく、国民の政治意識にも影響を与える巨大メディアになっている点を強く自覚して欲しい。

 

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6月 28, 2008

お役所の連絡は飛脚時代

 いま市民税など地方税が確定、納税者に通知されている最中である。それに今年は後期高齢者医療保険の負担割合の決定が重なった。役所の窓口は例年にない混雑ぶりだが、税務署と市区役所との連絡は、月に1回だけという江戸時代の飛脚以下の実態をはじめて知った。
 ネット時代で、メールなら瞬時に通知が届き、役所間の連絡も電子書類とばかり思っていたら、とんだ誤算だった。住民や市民のために行政をスピードアップする考えは毛頭なく、縄張りと権威意識が根強くはびこっている。

 所得税の確定申告を2月はじめ行ったとき、総所得額を誤って記入したが、税務署はそのまま受け付けて税の還付金も申告どおり、口座に振り込まれてきた。毎年のことで、これで今年の申告は無事パスと思っていた。
 ところが6月中旬、税務署から還付金を訂正して申告分よりも増額したものを返してくれるという通知があった。申告に誤りがあるから、税金を収めなさいという通知は過去になんとかあったが、源泉徴収された税金をさに還付してくれるという通知は初めてである。
 年金問題が起きてから、税務署も文句が出てはと神経を使い、一旦、決定して還付までしてくれた申告の洗い直す"年金効果"と考えていた。
 ところが、その2日後に高齢者保険の負担等級を3割にアップする通知が区役所の保険課から届いて慌てた。いままでは、国民健康保険で1割負担だったのが、3倍にハネあがった大変である。それが、妻にも適用されるので6倍増しになって、医者にもうかうかかかれない。
 そして、翌日、市民税の確定通知が届き、これも当然のように増額している。年金暮らしで、介護保険料の天引き、物価によるスライド制も撤廃されて年金の手取りは減る一方である。それなのに、課税所得額が増額されているのはおかしいと、税務署からの通知と、区役所からのものを比較してみた。かなりの金額の相違を発見した。

 2月の所得税確定申告の際に、誤って計算ミスから総所得を実際より増やして記入した私のミスが原因と分ったが、この点について税務署は、「更正」と称する訂正手続きをとっている。当然、区役所の税務課にも連絡されて、課税所得額が減額訂正される筈である。
 区役所では、税務署から訂正書類はきていない、という。私宛にきた税務署長名の通知書をもっていっても、役所同士の公文書でないと訂正は出来ないという返事だった。「いずれ連絡が届くから、それをみて原本の訂正をします」と、お役所らしい返事である。
 ところが、問題は後期高齢者保険の負担等級の決定が、7月に行われる。市民税の課税所得を訂正しないと、3割負担が決定してしまう。それに間に合わせて欲しいと、税務課に頼んでも「税務署との連絡は月に1回、各種文書を纏めてと届く仕来りなので、訂正は8月になります」と、つれない返事に驚いた。
 コンピューターを駆使するネット時代に、連絡公文書を入れて役所間を運ぶ行嚢(こうのう)制度がいまも生きている。たしか明治時代に始まったもので、その回数も月1回とは驚いた。車で15分とかからない距離なのにと信じれなかった。これでは江戸時代の飛脚以下ではと抗議したが、「決まりですから」と無視された。緊急を要する場合はどうなるのだめう。住民の利害よりも役所同士の仕来りのほうが大切らしい。

高齢者保険を担当する年金保険課は、さすがに世論の批判に晒されているためか低姿勢である。事情を説明したら、税務課からの連絡待ちでは何時になるか分らないから、別の「収入額適用申請書」で解決しようと、申請手続きを教えてくれた。どうやら、7月の負担等級決定には間に合いそうでホットしたが、それにしても、重要文書の交換連絡は月1回の行嚢制度が、このネット時代に生きているとは考えもしなかった。

 友人の奥さんが入院して国保による医療費の支払いが高額の限度を越えた。申請すれば、限度を越えた医療費は返してもらへるので、領収書のコピーを添えて申請したら、コピーはダメと受付られなかった。
 医療機関の領収書は、所得税の医療控除のため税務署に提出しているから現物はないのでコピーにした。困って税務署に連絡、税務署から区役所に連絡をとって貰ったが、話がつかなかった。
 結局、税務署の審査が終わる6月を待って、領収書を一括、返してもらい、それを区役所に提出してやっと解決したが、返金は半年も遅れたという。俗に、「お役所仕事」というが、その実態は全然変わっておらず、それを時代に即するよう改める意識もないし、それを求める声がないのも不思議である。
保険や年金の制度が年々複雑化して理解しにくくなる。おかみのやることだからと、通知や書類をみないと思わぬ不利益をこうむる。これからは、お役人は信用しないで、きちんと通知書を読んで、分るまで質問する習慣を身に着けないといけない時代になった。

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6月 20, 2008

高齢者泣かせのシート・ベルト

 駅前のタクシー乗り場で、高齢者とタクシー運転手がひと悶着起こしていた。6月1日から道交法の改正で、乗用車の後部座席のシート・ベルトが義務化され、「違反になって犯則点を取れる」という運転手に、体の自由がきかずベルトの装着がままならない高齢者が抗議して発車できないでた。
 後続のタクシーは、客も乗せられずに長蛇の列。乗り場にも順番待ちの客の列ができて苛立つていた。法を施行するための環境整備もせず、取締り一点張りの警察と詳細なPR不足の道交法改正の波紋は当分、続きそうだ。こうした取り締まりだけの警察の態度は、また政府や自民党の高齢者アレルギーに拍車をかけそうだ。

 高齢になると、病院通い、買い物、外出にタクシーを使う頻度が多くなる。老化の度合いは、タクシーへの乗り方をみれば分るといわれるほど、体が固くなった老人は後部座席に乗るのが予想以上に大変なのである。
 車に乗る場合、頭を低くし体をこごめてシートに腰を下ろしてから脚を入れれるのが普通だが、老人は頭から車に突っ込み、シートに転がるようにしてから脚を入れるケースが多く、もがくような格好になる。車に入っても座席で体勢を整えるのに一苦労、荷物は座席に放り出したまま必死になって体勢を戻そうとするから時間もかかる。
 やれやれ乗れたと思ったら、シートベルトをと催促される。
 ベルトの仕方もよく分らずに慌て、ようやくベルトに肩をいれたら、こんどはベルトを嵌めるバックルが分らない。「お客さんまだですか」と運転手に催促されてパニックになる。
 タクシーの後部座席にあるリア・シート・ベルトは今まで使われず、客の座り心地によくないと、バックルをシートの割れ目の奥に突っ込んでおくのが普通だった。老人でなても乗客はまごつく。駅からわずか10分足らずの距離に、シートベルトは必要なのかと不愉快なおもいをさせられる。

 法律を決めた警察庁のお偉いさんは、こうした実状をご存知なのだろうか。国会議員も黒塗りの高級車で後部座席にふんぞり返って、国会までの短距離に本当にシートベルトをしているのか疑わしい。年とともに体の自由が利かなくなり、短距離の一般道しか利用しない高齢者には、もっと細かい配慮が必要ではないだろうか。それに、法律の具体的な説明が不足していて、タクシーの運転手すら正確に理解していない場合が多い。
 先日、自宅まで2㌔足らずをタクシーを利用した。「シートベルトをして下さい。捕まるとお客さんも反則金を取られますから・・」と運転手に注意された。シートベルトはあるが、ベルトを止めるバックルがみつからない。毎日、車を運転してシートベルトには慣れているが勝手が違う。運転手はベルトの装着が終わるのを確めるまて゛発車しない。不慣れの高齢者がまごついて運転手ともめていた光景が目に浮かんだ。

 リア・シートベルトの義務化が悪いと言っているわけではない。シートベルトが義務化された1985年(昭和60年)の20年前、交通事故で母を失った。弟の運転する車に酒酔い運転の車が正面衝突、後部座席にいた母は衝撃でフロントガラスを突き破って投げ出され即死だった。運転していた弟と助手席の嫁は、重症だったが一命は取りとめた。
 昔者の母は和服で、後部シートに正座していた。腰掛けることに慣れていない老人は、座ったほうが楽だと正座して乗るのが当時は多かった。その姿勢から衝突のショックで運転席を飛び越えフロントガラスを破って前方に飛ばされたのである。そんな悲惨な体験から、リア・シートベルトがあったと悔やまれてななかった。
 リア・シートベルトの義務化は必要である。ただ、今回の警察庁のやり方をみていると疑問が残る。道交法改正で義務化を決めただけで、あとは取り締まりという、いかにも警察らしいやり方である。文句が出ると「努力義務」として実施は1年見送りますと、逃げるだけである。
 問題はタクシーなどの場合、シートベルトを高齢者にも楽に使えるよう考え直すべきである。設置基準を決めるのと国土交通省、陸運事務所の管轄で警察は無関係という態度が官僚の縦割り行政の弊害である。

 高齢者にとつて、タクシーは大切な足代わりの時代に即応、タクシー会社にも指導を徹底すべきである。車の中にシートベルトを装着しやすいようイラストを出したり、留め金のバックル目立つように改善。運転手は車から降りてベルト装着を手助けしやる。「取り締まり」の前に、こうした設備の改善や運転者教育もせず、公布から予備期間がすぎたから「取り締まり」、世論の反対が出たら「1年見送ります」では芸がない。
 いま問題になっている後期高齢者医療問題をはじめ年金問題なとと、すべて軌を一つにした心のこもらない高齢者いじめが、ここでも顔を出したといわれても仕方ない。公営バスに乗ったら、各座席には2点式のシートベルトが付いていたが、高齢者や障害者用のシートにはベルトはなかった。
 乗客はだれもベルトをしていなかったが、停留所が多く、乗り降りが頻繁なバスでは、ベルトをしていたら乗降に時間がかかる。立っている乗客も多く、ベルトをしていたらバス火災の場合、高齢者や障害者は逃げ遅れて犠牲になる恐れがある。どいう理由でシルバーシートにベルトを付けないのか理由ははっきりしないが、どこかチグハグなシートベルト義務化である。

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6月 03, 2008

「羊の民主主義」-日本の政治風土

 「最高権力者が国民の全く関与できないところで選ばれ、その指導者に唯々諾々従わざるを得ない例が繰り替え返されるのをみると、羊の群れを連想してしまい、「羊の民主主義」という論文を書いた。
 羊飼いは別に羊が選んだわけではない。それなのに羊は黙々と羊飼いのままに動いてゆく。先進国に比べると日本人は、羊飼いの無能、怠慢にたいへん寛容である」

 朝日新聞の元論説主幹で、ハーバード大特別客員研究員の松山幸雄氏が、最近、「日本の”政治文化”に”小革命”を」というタイトルで講演した一節である。日米の政治に詳しく、最近の日本の政治家には骨のある、度胸のある人が少なくなったと、彼が政治記者としてみてきた経験から厳しく指摘し、また一方で、意気地がなくなってあまり怒らない国民にも愛想をつかし、「羊の民主主義」と唱えている。
 またまた、かつて職場を共にした間柄で、彼が送ってくれた講演速記録を読んで共感、感銘するところが多かった。混迷を続ける政治への提言、日本人のアメリカ観の誤りの指摘など、時宜を得た内容は、マスコミではみられない多くの示唆を示している。その要旨をピックアップして紹介することにした。

 フランスから帰国したジャーナリストが「日本から来る新聞を読んでいると、倒産、失業、過労死、自殺者が年間3万人、物価上昇、株価下落、格差の広がり・・・さぞ物情騒然としているだろうなと思ったら、銀座も六本木も穏やかなものでビックりした。60年安保のさい、抽象的なテーマで大デモが出たのか不思議に思えるね」と首をかしげていた、と伝えている。
 辛口の直言、知日派のシュミット元西独首相は「日本人は、自分たちの国は民主主義国家だと思っているようだ。結構なことで、まあそう思わせておこう。しかし、権力者と民衆の乖離、という意味では、日本は中国同様、民主主義国家とはいえない、というのが私の見解」と述べた。
 いくらシュミットでも、このコメントは辛口過ぎる、共産党一党独裁の中国と、世界に冠たる言論の自由の下に選挙が行われる日本と一緒にされてたまるか、と反駁したくなるが、「羊の民主主義」の実態をみると考えさせられた、と松山氏は語っている。
 昨今の社会保険庁や道路特定財源関係団体などの不正、腐敗をみていると「官僚、天下り先を誇れども、社稷(しゃしょく)を念(おも)う心なし」と慨嘆させざるを得ないという本音には同感した。霞ヶ関、虎ノ門周辺の官僚たちのオフィスは4、50年前、出先記者をしていたころと比較にらぬほど立派になっている。「民の竈(かまど)の煙「を憂えた仁徳天皇の故事など、どこ吹く風といった有様と、彼の憤懣は続く。
 「みんなおとなしすぎる」と訴えていたが、まさにその通りである。

 彼の講演のなかで注目されたのは「国際化とはアメリカ化ではない」という指摘である。50年近く、太平洋を往復し、アメリカにいて日本を、日本にいてアメリカを考える生活を続けてきた彼だけ、その言葉には重みがある。
 ケネディがダラスで暗殺された直後、現場から記事を送った唯一の日本人記者の彼は、アメリカには多くの人脈を持ち、乞われてハーバード大で客員教授となるほどアメリカでも信頼が厚い。
 その彼が「最近、”日本の国際化”ということがしきりに言われるが、”国際化”イコール”アメリカ化”といつた風潮は好ましくない」と断言している。とくに終身雇用、年功序列性について「日米双方の文化の長所、短所を長年観察してきた経験からすると、アメリカのように短期的な視野で、人物を評価するやり方が日本に向くとは思えない。成果主義が行過ぎると、大器晩成型は若いうとに潰されるか、組織からオン出てしまう恐れがある」と、最近の「年功序列のぬるま湯説」に警告している。
 「アメリカのチャレンジ精神、フランスのエスプリ、ドイツの合理性などと同様、日本の文化の誇るべき特色があるとすりば、それは、やそしさ、人との協調性にあるのではないだろうか。
 北米大陸にはまだインディアンとバッファローしかいなかったときに、日本では「もののあわれ」とか「みやび」が語られていた。国の基本的なあり方の問題では、日本のような国が、闘争的なアメリカ社会の猿まねをする必要はない」と、明言している。なにかというと、アメリカ一辺倒で、すぐアメリカに尾っぽを振りたがる自民党の政治家に聞かせたい。

 そして、講演の最後を、次のように締めく括っている。
 『いま日本をとり巻く環境は、安全保障上の国家存亡の危機ではない。大多数の人たちは、日常生活にそれほど不自由していないから、根本的な大手術を感じていない。しかし、日本の現在の病状は、いわば「肝機能が著しく低下している」「血圧が異常に高い」「血糖値が間もなく危険水域に」といった性質のもので、これを「死に至る病」にしないためには、政治が先頭に立って早めに根本的な治療をしなければならない。
 日本の戦後政治は、「自由主義」「民主主義」「議会主義」など大筋では正しかった。決して卑下しなければならないようなお粗末なものではない。だから、日本の「政治文化」には、「大革命」の必要はない。しかし、憲法でいう国際社会で名誉ある地位を占めたいと思えならば、場当たりでなく、長期的視点にたった「小革命」が必要である』
 これは松山氏の持論として紹介されたが、日本の政治家、とくに首相となる人物に「哲学」がない点を鋭く突いているのに共鳴、同感させられた。「人類史上最も非哲学的国民」と、哲学者のケネス・E・ボールディング博士がシンポジウムで発言した話が盛り込まれ、日本の政治家の腰の重さについてライシャワー氏が「渦巻き蚊取り線香型」と評した逸話など、具体的事例は印象深く、興味ある内容だった。

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5月 31, 2008

『本当と嘘とテキーラー』を観て

 山田太一ドラマスペシャルに相応しい見応えのあるテレビ・ドラマだった。父と娘の関係を丁寧に描きながら、中学生の自殺、家族の在り方を通して本当と嘘の間に揺れる現代社会の生き方を問う、山田ならではの社会派ドラマに共感させられた。

 テレビ東京(12チャンネル)が、5月28日夜、開局30周年記念番組として放送された「山田太一ドラマスペシャル5」で、その荒筋は・・Tekira

 主人公の尾崎章次(佐藤浩市)は、企業の不祥事処理や社員研修をする危機管理コンサルタント会社の代表。2年前に妻をなくし男手ひとつで独り娘の朝美(夏未エレナ)を育て、中学生の難しい年頃の朝美と理想的ともいえる父娘関係を保っていた。
 少年野球チームのユニフォーム製造会社が、製品の不備から世論の批判を浴びる事件を起こし、尾崎はコンサルタントとして事件処理をする。真相を公表せずすべてを検品担当部長(柄本明)の責任とすることを、社長(山崎努)に渋々、了承させて謝罪会見を無事乗り切り、ユニフォーム会社のイメージダウンを防いで解決する。
 その矢先、同級生が学校で飛び降り自殺をしたと、娘から電話が入る。電話の様子から、娘が自殺に関わっているらしいと直感、急遽、帰宅して問いただしても、娘はなにも語ろうとせず、真相を明かさそうとしない。

 学校の担任と教頭から呼び出され、飛び降り自殺した現場に「尾崎朝美」と娘の名前だけが書かれた一枚の紙切れが残されていた、と知らされる。自殺した同級生は学校でも札つきの問題生、一方、尾崎の娘・朝美は成績がトップの模範生で、学校では「娘さんに精神的な影響を与えたくないし、事件とは無関係と確信している」と、その謎の紙切れを警察にも渡さず握り潰すことにした、と尾崎に了承を求めた。釈然としないものを感じながらも、娘に累がおよふのを避けるため同意する。自殺した同級生の遺族にも、紙切れのことは知らされず、事件は真相不明のまま解決する。
 尾崎は、娘が自殺に関わりがあるのではと、心に引っかかるが、謎の紙切れのことも娘に明かされず悶々とした日々を過ごす。我慢しきれず、娘に自分にだけは真相をと迫り、円満だった父娘関係もギクシャクして「おとうさんしつこい」と相手にされない。そして、何を聞いても「テキーラ」と交わされてしまう。

 尾崎は、社員研修を依頼された会社の社内教育で、お客に接する女子職員などに対して、お客様の前で沈んだ表情で接してはいけない、そんなときは、内心「テキーラ」と言ってみなさい、笑顔がでますから、と繰り返し指導してきた。
 ここへきて、タイトルの「テキラー」の意味が分った。テキーラはメキシコの強い酒で、ドラマとはどんな関係があるか分らなかった。新聞の予告解説も作品の内容を称えながら、テキーラには一言も触れていない。
 「テキーラと発音すると、ラ、ラ、ラ。笑顔になりやすいのです」と実演、なんども反復練習させて納得させるシーンがドラマにも出てくる。そして「本心を隠すためのオマジナイです」と、尾崎は説明する。
 写真を撮るとき、表情を和らげるため「チーズ」と発音していわれるのと、同じたぐいである。たいした問題でないのに不満や怒りに苦虫を押しつぶしたような不機嫌な表情で相手を不快にさせるよりも、「テキーラ」とつぶやいて本心を隠したほうが上手な生き方。とくに、本当と嘘のあいだで揺れる現代社会では、本心を見せないほうが円滑にゆくと場合もある。本当と嘘の間の”ちいさな嘘”のようなものも許される。

 ところが、同級生の死にかかかわる重要な問題で、真相を隠すため父娘の間で「テキーラ」は困ると、尾崎の悩みは膨らむ。親子や家族で隠し事はよくないと説得すると、「お父さんは会社の研修でテキーラを勧めている」と娘から反撃される。尾崎も、自殺現場に残されていた謎の紙切れは娘に伏せて「テキーラ」していたことに気付く。
 意を決して、「朝美」と一言だけ書かれていた謎の紙切れのことを娘に打ち明けた。娘も驚いて、ようやく心を開いて真相を語りはじめた。
 自殺した同級生とは、口を利いたこともない関係だった。ある日、塾へゆくため学校の裏道を通ったら、物陰に隠れていた同級生に突然、襲われた。鞄を奪われ、殴る蹴るの暴行を受けた。意味も分らぬまま、身を守るため反撃にでて掴み合いの喧嘩になり、相手をねじ伏せた。腹がたち、去り際に「死んでしまえ」と一言浴びせて引き上げた。その二日後に相手の同級生は飛び降り自殺した、とはじめて経緯を明らかにした。
 「死んでしまえ」と真底思わないで、口争いなどでは日常的にそんな言葉を吐く。それを真に受けての自殺とは考えられない。相手は学校では札付きの”悪”で、同級生をいじめたり、教師に反抗する生徒だから、自分の捨て台詞が自殺の原因とは思えないと、娘は信じている。
 尾崎は、よく話してくれたとなだめ、自殺した同級生の両親に、娘と一緒にその真相を明かにするため訪問した。

 その前に、自殺した同級生の母親(樋口可南子)は、娘の残した日記に一頁だけ、「尾崎朝美」と書かれているのをみつけ、なんらかの関係があると予想して、尾崎に娘さんに会わせて欲しいと頼んだが、娘の心を傷つけてはとなんども拒否されていた。
 自分の娘が手の付けられない反抗する不良生徒で、責任は仕事にかまけて娘とろくに対話もしない自分や父親にあると自覚していた。それでも、自殺されると、親心として真相を究明したかった。
 尾崎に無断で、メールだけ残して娘を横浜のホテルに連れ出して一泊、それとなく自分の娘との関係を聞き出そうとしたが、効果はなかった。そんな誘拐まがいの行動に尾崎は怒って険悪な空気になっていた。
 そこへ、尾崎と娘が現れ、襲われて喧嘩になり「死んでしまえ」と捨て台詞をはいたことを明らかにしたので、母親は怒って「あなたが娘を殺した」と叫び、半狂乱になって暴れたり、コーヒーカップを尾崎親子に投げつける。娘に殴りかかって押し倒して「死んでしまえ」と罵声を浴びせた。
 娘はショックを受けて、自宅に逃げ帰って部屋に閉じこもってしまう。

 尾崎と応援にきたユニフォーム会社の部長(柄本明)が、ドア越しに説得するが、娘は頑としてドアはあけずに閉じこもる。心配して駆けつけた会社の社長(山崎努)が、これ以上刺激したくないという尾崎の制止を振り切って娘の部屋の前に立ってドア越しに語りかけた。
 「あなたにはなんら責任はない。勇気をもつて話したのは立派だ。私も会社のために嘘をついたり、誤魔化してきた。勇気がない意気地なしだからだ。あなたの勇気ある真相の発言に感動した。あなたは素晴らしい娘さんだ。世の中には、勇気をもって、本当のことを発言しなくてはいけないことがあるのを教えられた。大きな顔をして出ていらっしゃい」
ユニフォームの不良品事件で、社長としての責任を回避したことの悔いを切々と語りだすと、ドアがかすかに開いて娘が顔をだした。「ああ、思った通りの素晴らしいお嬢さんだ」という社長の言葉に娘も心を開いて部屋からでてきた。「おなか空いた」と、冷めた夕食をほうばり出して、尾崎もホットする。山崎努が扮する社長の言葉がドラマの重要なポイントになった。

 娘の朝美は、翌日、尾崎には黙って自殺した同級生の母親(樋口可南子)を訪ねた。「わたしがいい子ぶっていのに、娘さんはムカついたのかも知れません」と頭をさげた。母親は、あのとき「自分はどうかしていました。もっと早く娘に心を配ってやっていたらと気づいたのよ。ありがとう」と、詫びて和やかな空気が流れた。
 尾崎は娘が独りで、自殺した同級生の母親を訪ねたと知って感激、同級生の母親とも親しくなって、春にはみんな揃ってお花見に出掛ける和やかなシーンで、ドラマは幕となる。
 山田太一が「小さな話を2時間以上かけて丁寧に描きました」と語り、主演の佐藤浩市は「山田イズムが完成されている。台詞で主語を前に置くか後ろに置くかで微妙にニュアンスが違うところまで考えられている」とドラマ発表披露で語るように、山田太一の”作品性”が色濃く反映された、山田ファンにとつて心から満足のゆくドラマだった。
 波乱や、これといった感動する場面はない。「しっかりとしたキャストが、しっかりした台詞でつないでいくドラマ」という批評どうりだった。
 本心を隠すオマジナイの「テキーラ」も面白かった。樋口可南子は「家事がおろそかになり、夫(コピーライター・糸井重里)に何をいわれてもテキーラ」と語るように、そんな言葉遊びも楽しめるかもしれない。

 

 

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5月 25, 2008

箱根・新緑と花々の見ごろ

 箱根は5月中旬から下旬が、新緑の瑞々しさが溢れ若葉が光っていた。湿生花園では、”幻の花”とされる青いケシが咲きそろい、黒百合などにも出会えた。ツツジは終わったが、この時期の箱根の魅力を初めて知った。

 新緑は平野部では、色が日増しに濃くなって、心に沁みる瑞々しさは失っているが、箱根には若緑でいっぱい。ちょうど里よりもひと月遅れで、新緑の美しさに堪能した。
 毎年、湿生花園に水芭蕉が咲く、4月10日前後に訪れるの慣例のようになっていて、連休明けの5月中旬に訪れるのは初めてである。湯本から強羅、仙石原への早川沿いの九十九の急坂コースは定番になっていて、ヘアピンカーブのハンドル捌きを楽しむのは例年どうりである。
 ことしは、車に寿命がきて、コンパクトカーの小型車に買い換えた。エンジン出力も1300ccに落としてので、箱根の険を乗り切れるか不安だった。ところが、それまでの2000ccクラスには劣らず、エンジンの喘ぎはまったくなく一気に駆け上る馬力に驚いた。
 ハンドルが軽いのでカーブで深切りしないようにしながら、緑のトンネルを走っていると、突如、渓谷のガードレール越しに青い桐の花が姿をみせた。桐は10m近く伸びた樹のテッペンに花を咲かせるので、なかにか見る機会がなかった。早川渓谷の桐が成長して道路に頭をだし、美しい花で歓迎してくれた。カメラに収めたくても後続車が迫り、駐車する余地もない。残念ながら、安全運転をしながら横目に楽しむしかなかった。Hakone_08_003_2

標高が高くなるにつれて、若緑の瑞々しさが目立ってきた。定番になっている仙石原のHホテルに寄って、ラウンジのコーヒーショップでカプチーノを飲みながら、金時山を背景にした庭園(写真)を眺める。
 早春、梅雨どき、紅葉シーズンによって庭園の樹々の風情が微妙に変化して、その季節の風景を楽しんできたが、目の前に広がる
緑の素晴らしさに息をのんだ。
 落葉樹の若緑に負けじと、ヒマラヤシーダーや樅の木の常緑樹まで柔らかい緑の葉が光っていた。金時山の山肌は樹々によって緑の濃淡が違う斑模様を描いている。庭園を歩いたら、爽やかな五月の薫風が頬をなでる。ことしは、平地では天候不順で”五月の風”に出会やなかっただけに、体だけでなく心まで爽やかになって「美しき五月」をはじめて満喫した。

 緑の林の中にある定宿の会社の寮でも、部屋の前に緑の庭園が広がる眺めが最高の部屋だったのはラッキーだった。温泉に入ったあとは、部屋のテラスで籐椅子にもたれながら緑の樹々に堪能、時間を忘れていた。
 一概に新緑といっても、落葉樹や常緑樹、樹の大小、葉の形など、それぞれによって緑の表情が微妙に違う。一説には数十種類の新緑があるというが、クヌギや楢の落葉樹は柔らかい葉を風になびかせ、その横ではヒマラヤシーダーの大木が天を突くように高く聳える。
 剪定したわけでもないのに、尖端にゆくほど枝の張り出しが少ない三角計の紡錘形、天然のデザインが見事である。常緑樹のヒマラヤシーダーがこんなに瑞々しい若葉を付けるとは知らなかった。背が高いから、夕陽が差すとと、その若葉が輝く。根元にはドウダツツジの緑が色鮮やかである。
 「心に沁みる」や「心が洗われる」という表現そのままの眺めに、ときには緑と語りあう至福の一刻を、心ゆくまで楽しんだ。Hakone_08_001

 仙石原の湿生花園を開門と同時に訪ねる。午前中てないと花の生きいきとした姿が見られないので、寮に泊まった翌朝、一番に訪ねることにしている。まず目に入ったのが、ヒマラヤの青いケシ。ブルーポピー(写真)と呼ばれ、「ヒマラヤブルー」といわれる神秘的な色は、”幻の花”とされ愛好家には人気がある。
 標高3000㍍~5000㍍の高地に自生する。暑さに弱いので栽培は難しく、日本でも数箇所でしか栽培に成功していない。湿生花園もその一つだが、箱根本来の草花でないため、入り口近くの「外国の山草と園芸種」の区画に群落がある。昨年は6月の梅雨前に訪れたとき、一本だけ咲いていてカメラマンが群がっていた。
 ことしは、群落いっぱいに妖しい青い花を咲かせていた。ヒマラヤの高地だと色が濃く、その年の気候によって青さが微妙に違うというが、これだけ多くのブルーポピーの花に出会えたのはラッキーだった。Hakone_08_008

 湿原の中の木道を通って低層湿原区へ。カキツバタの花で賑わう水辺にクリンソウ・九輪草(写真)が名前のように花が段をなして咲いていた。お寺の三重の塔の上にある九輪塔によく似ているところから命名された。谷川の辺に群生し八ヶ岳山麓でもよく見かけたが、サクラソウ科とは知らなかった。
 サクラソウでは最も大型で野草とは思えぬ派手な美しさがある。「山間の渓谷に群生する姿はまことに美しい」と植物学者の牧野博士は絶賛、俳人の一茶も句に詠んでいる。
 「野育ちの美少女を連想させる」というが、湿生花園ではいたる所に群生しており、毎年、この花を見るのを楽しみにしているが、花のシーズンは6月上旬まで、それを逃すと花はみられない。昨年は見られなかった。Hakone_08_018

  夏本番になると、尾瀬や霧が峰で咲くニッコウキスゲの黄色の花、秋にはリンドウの紫で埋まる草原区の木道の先に休憩所がある。ここで一息入れるが、ふとみるとハマナスの赤い花(写真)が咲いていた。
 「知床旅情」の歌で「ハマナスの花咲く丘」と歌われ、ハマナスは一躍有名になった。知床へ旅したときは、葉だけの低木が群生しているだけで花はなかった。前から休憩所脇にハマナスの木が植えてあるのは知っていたが、赤い花に出会ったのは初めてだった。
 浜辺に生えて、プチトマトのような赤い実をならす「浜梨」が、語呂のよいハマナスになって歌にうたわれて、知床旅情をそそるようになった。浜辺でもない高原の箱根に、どうして根付いたのか分らないが、湿生花園発行の花の図鑑にも載っている。ロマンをそそる美しい赤い花は、地味で小ぶりの花が多い湿生植物の中では、艶やかな感じがした。Hakone_08_019

 アヤメ(写真)が咲く水辺の木道をゆっくり歩いて「高山のお花畑」に向かう。日本の高山植物150種類が集められた湿生花園の見どころで、花が咲くのは自生する日本アルプスなど高地よりも2カ月早い5~6月に花が集中している。もっとも人気が高いのは、高山植物の女王といわるコマクサ。次がクロユリといわれている。Hakone_08_021
 そのクロユリ(写真)の花に出えた。花は5月だけで、6月になると葉になり、栽培が難しいので見る機会が少ないという。クロユリは黒百合といわれ、恋の花として有名だが、これはアイヌ伝説に由来するもので、人知れず、ひっそり咲くの特徴である。
 下向きに目立たずに咲く。艶やかさや華やかさはなく、恋の花という印象にはほど遠く、うっかり花を見過ごしてしまう人が多いという。人知れずにそっと愛する人に贈る花に相応しく、慎まHakone_08_051しやかに咲いているのが印象的だった。途中から引き返して、これが黒百合かと感慨深げに花を眺めている人が多かった。いままで抱いていた黒百合の印象とは違った花に、そのほうが味わい深く風情があると、あらためて思いなおした。
 その近くの岩陰にミヤマオダマキ(写真)が、薄紫の花を咲いていた。

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 湿生花園の中でやや標高が高い「高層湿原区」をまわって、出口に戻った。ここで偶然、出会ったのが蓮華ツツジ(写真)である。箱根のツツジはほぼ終わりに近づいていたが、霧が峰や八ヶ岳など高冷地で咲く、このツツジは朱色の花も鮮やかに咲いていた。
 蓮華ツツジは葉に毒があるため、牛馬は食べず放牧地では、群落となって、レンゲ畑のように赤い花が高原や山肌を埋める。その壮大な美しさに惹かれて、霧が峰や八ヶ岳になんども通った。
 自生しているので根から引き抜いて持ち運び、庭に植えたが3年で枯れてしまった。標高が1000㍍以上の高地でないと、生育しないらしい。そんな思い出のあるツツジに出会えるとは予想もしていなかった。
 ただ、八ヶ岳山麓の高原より、標高が低いためか、色がやや薄かった。

 出口へ戻りながら、湿原の木道を歩いていると、蛙の初鳴きが耳に入る。しばらくすると、それに呼応するかのように鶯が鳴く。まだ完全にホ、ホケキョとは鳴けずに目下、発声の稽古中らしい。
 湿原に続くススキ原からは雉の声もするが、今回は雉は鳴かず、彼らの三部合唱を聞けないのは心残りだった。Hakone_08_011
 途中、石楠花が咲いていた。平野部では花は終わりになったが、花の色合いの素晴らしさに立ち止まった。標示には「アズマシャクナゲ」(写真)とあり、東国、関東の山に咲く石楠花という意味で、葉の裏には毛が密生しているのが特徴だという。公害のない山中で咲く花は色合いが違うのに感心した。

 こんど湿生花園を訪れるのいつになるだろうか。最近は、鷺草をみてないので、鷺が飛び立つままの姿そっくりの鷺草の花が咲く、8月中旬には是非訪れたいと思いながら、湿生花園をあとにして、元箱根まで新緑のドライブを楽しんだ。

 

 

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4月 25, 2008

特定財源・日本の後進性を象徴

 ガソリン値上げの元になる道路特定財源の一般財源化は、福田首相の口約束だけで閣議決定もせず、自民党は正式決定をしないまま、法案の再可決だけに懸命になっている。
 参院の審議期間が切れる30日に、自民党はあくまで法案の再可決に向けて党内結束をはかり、来年度からの一般財源化は棚上げされている。「必要と判断される道路は着実に整備する」と道路族のゴリ押しで合意文書に盛り込みながら、閣議決定、総務会決定もしようとしない自民党の真意は掴みにくい。
  特定財源を廃止して一般財源化する流れは、ヨーロッパではすでに1930年~81年代に実施されており、いまや世界的になっている。そうした時代遅れの日本の後進性と道路族の執拗な抵抗が、明らかにされた。

 自民党党内の良識派や若手の一部に、最近になって一般財源化を法律などでの明文化を求める声が出てきた。特定財源の名の下に無駄遣いが常識を越えた膨大なものになり、自民党の建設業界と結託した利益誘導の実態が明らかになったためだが、「ねじれ国会」による野党の反対がなかったら、このまま10年先まで見過ごされていたかもしれない。
 道路特定財源問題は一般国民には、その仕組みが分かり難く、いままであもり関心がなかったが、いい加減な使い道と不要不急の道路建設に巨費を投ずる実態が明るみにでて、ようやく一般財源化への動きがでてきた。
 世界各国の道路特定財源について、その流れを「朝日」が紹介した。
 いま特定財源を「卒業」した国が目立ってきたとして、その実態を明らかにした。それによると、英国は1909年に「炭化水素油税」として石油製品にかけたのが特定財源のはじまり。税収が伸びて道路予算を上回るようになった37年に廃止。ドイツも55年に特定財源を実施したが60年代に大半を一般財源化した。フランスは1951年に特定財源を導入したが、81年には廃止、一般財源にしている。
 日本が石油、自動車を対象にした特定財源を導入したのは比較的早く、1954年に実施しておりドイツよりも早いが、ヨーロッパより30年近くも遅れてやうやく「一般財源化」が叫ばれた。だが、果たして、陽の目をみるかどうかはまったく見通しが立たない。

 ヨーロッパを旅して、アウトバーンをはじめ道路整備は進み、それも有料は少ない。英国を縦貫するハイウェイを走ったが、日本の高速道路よりも整備されている。それに日本のように中央分離帯に金をかけず、交通渋滞の時間帯によって分離帯を移動して車の流れをよくする仕組みになっいた。
 道標や交通標識は日本よりはるかに多いが、ガードレールなどはあまり見受けない。交通安全は運転者の責任と自覚でという意識が目立ち、英国では毎年、大判のなん頁にもおよぶ詳細なガイドマップを政府が発行、運転者の便をはかっている。
 石畳の狭い市街地の道路は、軒並み路上駐車の車が犇めいている光景は、ヨーロッパの都市で見受けられる。日本のように道路に白線を引いて交通規制しているのはほとんど見かけない。運転者や事故防止にはよいが、白線が少し薄れると、すぐ白ペンキで描きなおすのをみて、あれほど小まめにやる必要があるか疑問に思うこともある。
 ほとんど人の通らない田舎の国道に、ガードレールを延々と設けている。道路特定財源があるから、費用を惜しまずに過剰投資もするのだろう。

 ところが社会福祉、とくに高齢者の認知症対策となると、民間任せでヨーロッパと格段の相違である。道路はなくても、人は死なないが、社会福祉の老人介護などになると、人命にかかわる。
 国民も道路問題にもっと関心を持ち、ガソリンの値上げだけでなく、日本の後進性をあらわしていることを認識して欲しい。福田首相は特定財源を廃止して一般財源化を口にしても、一向に具体的な取り組みをしていない。
 たとい、一般財源化しても、道路整備の中期計画の見直しもされずに予算編成も、古賀、二階氏など道路族議員の言うなりでは、無駄な道路建設は止まらない。"道路亡国"ならぬよう国民は監視して、ヨーロッパを手本に住民参加の道路建設に切り替えないと、後進性から脱却できない。
 ちなみに米国は、1990年代に一部を道路建設の一般財源化を実施したが、いまは全部が特定財源、暫定税率もあり日本と似ているが、国土の広さが桁違いである。国土の狭い日本が米国の真似をするのが根本的な間違いであることは、誰の目にも理解できる筈である。

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4月 19, 2008

聖火リレー返上・善光寺もやるもんだ

 長野市の善光寺が、北京五輪聖火リレーの出発式会場を辞退、返上した。チベット問題で中国政府への非難が世界的に高まり、聖火リレーへの抗議行動が欧州各地、アフリカにまで広がっている中で、日本政府は沈黙を守っているだけに、善光寺のリレー会場返上は波紋をよんでいる。

 善光寺は、全国でも有数の名刹として知られ、本堂は国宝に、山門などは需要文化財に指定された由緒ある寺院である。天台宗と浄土宗が共同で住職を務め、年間600万人の参拝がある。Zenkogi_2
 10年前の長野五輪は善光寺の鐘でスタート、北京五輪聖火リレーの日本での出発にも善光寺の鐘を鳴らそう、と早くから決まり、26日に出発式が予定されていた。その矢先の寺側による会場辞退には、政府も慌てて福田首相は「残念」ともらす一方、中国側でも予想外とし「反日」再燃の兆しが出てきた。中国のチベット弾圧が直接の原因とされているが、国宝や信者を聖火リレー抗議騒動から守りたいとという寺側の意図も大きい。Seikarirei

 今回の"善光寺問題"に対する反応は、それぞれの立場からの思惑を秘めてまちまちだが、地元長野市をはじめとする信者たちの「国宝・善光寺」を騒動から守ろうとする気持ちが強いことは知られていない。
 長野市は県庁があるだけで、善光寺の門前街である。寺周辺のボヤ騒ぎや火事には神経を尖らせ、国宝の本堂を災害などから守ろうとする意識は信仰以上なものがある。その市民意識は、長野市に住んだ者でないと完全に理解されないだろう。
 だから、市当局は聖火リレーの出発辞退に即座に賛成、市の五輪関係者からも反対や「待った」が掛からず、問題が紛糾しなかったのだろう。

 自民党王国と言われながら、戦後から社会党知事をはじめ歴代革新系知事を生み出した政治的風土の伝統がある。人権、民族問題がらみの中国政府のチベット弾圧に対して、世界的に非難や抗議の声が高まっているのに、福田内閣は日中関係を考慮してか、一言のメッセージも出さずに口を閉ざし続けている。
 そんな福田内閣に対しての反発から「善光寺さまも、やるもんだ」と聖火リレー返上を歓迎する市民感情があったのは否めない。福田政権は、なにをやっても躓いて、国民から見放されているが、「善光寺問題」でまた失点を重ねた。国際世論を無視して、中国寄りの政策を貫くといより、「媚びる」外交姿勢は恥ずかしい。中国政府は「予想外の事態」と驚き、「欧米とは違い、日本はよき理解者だと思っていた」と、即座に反応している。中国で善光寺の存在を知る政府関係者がいるとは考え憎い。
 なにか自分の気に食わないことがあると「反日」をちらつかせる。それを黙認している自民党政権、中国よ、大人になれといいたい。たかが、日本の寺院が騒ぎの巻き添えをくって被害を受けるのを避けただけのことである。それを大問題のように、中国メディアが「日本が聖火リレーを拒否」と誤報を流してアクセスが殺到、10数分後に慌てて「訂正」をしたという。

 「チベット弾圧」は、チベット仏教への弾圧を意味し、仏教者が抗議に立ち上がって犠牲になった。善光寺は仏教の名刹として、同じ仏教国への弾圧を黙視できず、"聖火リレー返上"に出たという見方もある。善光寺の実情を知らない人に多く、そのほうが説得力があるが、それが主たる原因とは考えにくい。僧門の一部には、そうした主張もあるだろうが、浄土宗と天台宗が住職の座をめぐって対立、法灯を揺るがした歴史を乗り越えてきたことから考えると、善光寺はそれほど短絡的ではない。
 聖火リレーのスタートは、境内からは締め出したが、すぐ隣にある広場から行われるのて゛、さほどの変化はない。ただ「善光寺返上」というニュースが世界をかけ巡り「チベット弾圧」抗議へ拍車をかけたのは事実だろう。
 「善光寺さまも、やるもんだ」と思わす叫んでしまったが、善光寺には1日に100件もの電話が殺到、その99㌫が聖火リレー出発返上に賛成、で反対は1件もなかったという。

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4月 15, 2008

14年ぶりの新車

 高齢のため、車の運転免許を返上したり、運転に自信がなくなって車を手放す知人が多い。いわゆる後期高齢者の域はすでに越え、長年の愛車は乗りつぶすつもりでいた。
 生活の足として、手放せないまま乗り続けていた車を点検に出したら「もう14年も乗っている」といわれて驚いた。故障もなく、よく走るし、箱根や天城越えも平気なので、そんなに長く乗ったとは気づかなかった。
 遠出のドライブは控えるが、買い物、スポーツジム、病院通いと、一日たりと車は欠かせない。点検のたびに部品交換をし、外見もさほど見劣りもせず当分は走れそうといわれていたが、寿命も近いと知って新車に替えた。

 生来のクルマ好き、動態視力は40代、運転感覚も衰えていないと、免許更新の適正検査で太鼓判を押されるので、「あと何年乗れるか」とマイナスの引き算思考よりも、「少なくも5年間は乗ろう」とブラスの足し算思考に切り替えた。目標ができれば生き甲斐にも繋がると、勝手な理屈をつけた。
 ただし、車は小回りがきいて、運転のしやすい小型のコンパクト・カーに決め、女性に人気のあるトヨタのヴイッツを選んだ。値段もリーズナブル、それにエンジンパワーもあって1300ccなのに、坂を登るのに今までの1800ccよりも力がある。08_032
 戸惑ったのは、エンジン始動にはキーを使わずスイッチを押すだけ。駐車しておくと赤いスキュリティ・ランプが点滅、夜など一晩中赤くピコピコしているので故障と勘違いした。電子キーによるドアの開閉は20年前から慣れているが、電子キーを持っていればドアの開閉はスイッチを押すだけ。要するにキーを回すという動作は一切不要という方式は、常識では考えられない。スマートエントリー&スタートシステムと呼び、3年ほど前からオプションで装備できたが、いまは常備装置になったという。

 免許を返上して運転をやめる年齢になって、こうした最新システムの恩恵にあずかれるのは幸運で、気分的にも若返って、一度は実用本位に切り替えた頭もカーライフを楽しもうという前向きの気持ちになった。
 複雑な運転システムは、不慣れな高齢者には事故の元という見方もあるが、パソコンを使いこなせる頭脳があれば、あとは慣れの問題だけである。高齢者には、とかく、デジタル・アレルギーがあって駅の切符売り場で液晶版のデジタルに戸惑う姿をみかけるが、液晶表示は苦手という潜入意識が強いためで、慣れれば便利になる。
 これからはデジタル化時代になるので、苦手意識をなくさないと生きてゆけない。電話もダイヤルでないとダメといっていた高齢者がケイタイを使いこなすようになった。

 カーマニアとクルマ好きとは本質的に違う。
 クルマが「三種の神器」のようにいわれたり、ステータス・シンボルとして高級車種や3ナンバーにこだわった時代は過去のものとなり、生活の足という実用本位に変わってきた。とくに女性ドライバーが増大してから、その傾向が強まり、小回りのきくコンパクトカーが流行りだした。
 運転暦は25年そこそこで長くはないが、戦争中、ミャンマーで戦利品のオートバイ、ハーレーを乗り回したのが最初で、新聞記者の駆け出し時代には、陸王のサイドカー(測車付自動二輪車)の750ccで取材活動に飛び回った。交通安全運動に責任者が事故を起こしてはというご法度で、マイカーは慎んで乗る機会がなかった。定年になればカーライフも楽しめると、定年の1年前に運転免許を取った。
 それから15年近くは、もっばらカーライフを楽しむクルマ好きになった。

 たいした目的もなしに、独りでドライブするのが好きで車種にはこだわらなかった。どこへゆく当てもなしに車を流して音楽を聴いたり、外の風景やすれ違う車や人を眺めながら軽くハンドルを握るのは、クルマ好きだけが味わえる贅沢かもしれない。
 「クルマって、目的のないとき走っているのが、いちばん楽しいんです」と、ある自動車評論家が書いていたが、まったく同感だった。
 クルマの中に一人でいるときは、感覚が鋭敏になり、ときにはセンシティブになって知的な感覚に浸ることがある。プロントガラスから見える外の景色は、いろんなことを思い出させ、そしてつぎつぎに消えてゆく。
 道路を可愛い女性が歩いていると、以前に会った女性のことを思い出す。対向車がくると、その考えはたちまち消えて、突然、別の思い出の断片がよみがえってくる。そうやって、次から次へと、脈絡のないことをとりとめもなく考える。時間の制約さえなければ、渋滞も苦にならなくなる。
 好きな道は、だれも乗せないで独りで運転する。人を乗せるとお喋りしたり、カーステレオの音量にも神経を使う。誰にも邪魔されずに好きな曲を聴きながら気侭に走るのがなによりもよい。
 マーラーの交響曲4番を聴くために、わざわざ車で仕事場に通う作家の話に、カセットにマーラーをセットしたら病み付きになった。ドライブには、必ずマーラーの4番のテープかCDをもつてゆく。
 いい年をしてと笑われそうな若者向きの曲をボリューム一杯にして聴きたいことがある。ひとりだけのドライブは、そんな願いをちょつぴり叶えてくれる。クルマ好きな男たちは案外、ロマンチストなのかもしれない。

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4月 04, 2008

ガソリン値下げ・政治革命のチャンス

 ガソリン税の暫定税率が期限切れで、ガソリン値上げが実現した。これに対して自民党の道路族を中心とする6派閥は、値上げ復活の攻勢を開始して月末には、法案の再議決に動き出した。
 一方、自民、公明の中堅、若手議員を中心とする50人は、「一般財源化を実現する会」を結成して、利権誘導型の道路特定財源の復活を阻止しようと立ち上がり、再議決に微妙な影をなげかけた。
 国民には、「特定財源」「一般財源化」といっても、理解がよく行き届かなかったが、こんどのガソリン値下げは、その意味の重大性が国民生活に直結する大切なものとして、理解されるようになった。リッター25円の値下げという目先の問題だけでなく、月末に法案の再議決によって、値下げが消えることは、「土建国家の復活」と40,年間もガソリン税をムダ遣いして国民の目を欺き、道路建設利権の甘い汁を吸ってきた道路族議員の跳梁跋扈を向こう10年間も法律が保証することになる。
 「福田首相が提案した一般財源化を骨抜きにすることがあってはいけない」という声や、「口約束だけで10年間の道路整備計画を認めるわけにはゆかない」と河野太郎議員は語り、一般財源化の「担保」が取れなければ再議決には反対すると表明した。
 衆院の再議決には、3分の2の賛成が必要で、16名の与党議員が反対すると議決できない微妙な情勢である。道路族に弱い各派閥の領袖や幹部は「党内が動揺しているような憶測がとんではいれない」と懸命になって、良識派議員の言動を抑えて牽制にかかっている。

 福田首相は、期限切れ直前になって「一般財源化と道路計画の5年短縮、暫定税率の見直し」を提案し、マスコミから高い評価を得た。その途端に饒舌になって積極的な発言や民主党攻撃が目立ったが、ここへきて、道路族の反撃にあって、「一般財源化」提案の法的整備に手をつけようとせず、暫定税率の維持を公言するようになった。
 あえて「孤独の決断」をあ提案を緊急発表した首相の意気込みは、どこへ消えたのか。小泉、安部両首相とも潰されたように、「福田さんお前もか」と言いたくなるほど、道路族議員の力は絶大で、自民のガンでもある。
 そうした中での50人の中堅議員が「一般財源化を実現する会」を立ち上げた意味は大きい。彼らは道路利権の汚れに染まっていないから、勇気ある行動に出れるのだろう。マスコミも、こうした芽をのばすよう、もつと目立つように報道すべきである。自民党御用のNHKなどが一言も触れないのは仕方ないが、「再議決」は、ムダ遣いを欲しいままにし道路官僚と組んで、道路とは関係のない職員のレクリエーション、魚群探知の購入に拒否を使ってきた悪弊を公認、復活させることになる。
 補助金なら「適正化法」に違反して摘発されるが、特定財源にはそんな規制もなく、9兆円もの巨費が官僚の裁断で自由に10年間は使える。
 「再議決」の前に、法案そのものを練り直し、福田首相の提案も盛り込んだ内容に修正するのが先決である。それを「歳入欠陥」だけを口実に強引な再議決をするのは、「自民党道路族は国交省からエサを貰って同省の利権を守る番犬。道路財源がエサ代だ」と、民主党にアピールされても返す言葉もないだろう。

 道路問題に続く、後期高齢者保険制度の老人殺し政策、年金の有耶無耶化と、問題は尽きない。自分が不利の場合は解散、総選挙はしない、国民の民意など眼中にない自民党体質、それを破るのには国民に「政治革命」の意識がないと、日本はじり貧になる。
 現に、政府の途上国援助は91年から10年間、世界一を誇ってきたのに5位に転落した。ガソリン値下げ混乱を機に政治の実態に目を向けて欲しい。

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