« 伊豆の初旅 | トップページ | 鎌倉を歩く »

1月 16, 2005

枝折戸

 伊豆の旅から帰ったら、「枝折戸と袖垣を取り付けにゆきます」と植木屋から電話があった。
 正月の九日で、寒さの厳しい日が続いているので、日が伸びた春先にして欲しいと頼んだら、材料や竹は用意してあるので「明日うかがいます」という。一、二月は庭木の手入れや、植え替えの季節ではなく、植木屋は暇らしく、垣根の修理などでたまっていた仕事を片付けたいらしい。
 枝折戸(しおりど)と呼ばれるほど立派なものではないが、門から玄関までのアプローチと庭を仕切る竹垣と、中庭の出入口に庭木戸が新築当時から付けられた。庭といっても十坪そこそこの猫の額ほどの狭さ、それに筑後40年近くもたつ古家である。
 現在のような洋風のガーデ゜ングはなく、門松や庭石のほか椿、木犀、皐月などの庭木を入れて芝を貼るのが普通だった。門から玄関まで10㍍ほどあるので、庭との仕切りがないと間が抜けたようで締まらない。垣根にしてしまうと出入りができないので、庭木戸にした。「これだけの庭に板戸では庭が泣くよ」と植木屋の口車に乗せられて、小枝や竹を折り曲げて作った「枝折戸」にしたのが始まりだった。
 高見 順の詩集『「死の淵より』に「いつ見てもしまっていた枝折戸が草ぼうぼうのなかに開かれている。屍臭がする」という詩がある。「枝折戸を押せばたまっている落ち葉」かななど、文学作品のなかで枝折戸という言葉を知ったり、ちょつとした旅館などで見かけて、とてもわが家には不釣合いと思ったが、断りきれなかった。
 枝折戸にすれば、袖につくる垣根も竹を組み合わせたものへとエスカレート、貧弱な家には似つかわしくなる。転勤が多く、「終の棲家」などの意識は最初からなかったが、石油ショック、バブル崩壊などで住み替えもままならぬまま現在も住み続けている。
 たしかに、小枝と竹でつくった枝折戸は、風情があって狭い庭をひきたてる。袖の竹垣も落ち着いた雰囲気を与えて和風の家にはぴったりする。近所の人が訪ねてきても、玄関にはいらずに木戸から庭を通って縁側で気軽に話ができるから便利である。盗難予防よりも、人との振れあいには欠かせない。
 小枝と竹の手作りなため、木製にくらべて雨風に弱く、何年かに一度は新しくしないといけない。その都度、植木屋の手を煩わさないと素人には取り付けは無理なのが難点である。出入の植木屋が転業して代わりがみつからず困ったこともあった。一度は台風にやられて壊れたので、しばらく放っておいたが、我慢できずに遠くの竹材店まで既製品を買いに走ったが、取り付け方が悪かったのか2年しか持たなかった。
 それに、最近は洋風ガーデンの流行で、和風の枝折戸など扱っている店がほとんどない。
 植木屋も手間がかかるし、竹を組紐で組み立てる竹垣をつくる技術を知らぬ職人がふえて、なかなか引き受けてくれない。焼いた太い柱に防腐剤を塗って地中に40㌢も埋め込まないといけないので手間がかかる。釘を使わずに上手に竹垣を組んで枝折戸にびったり固定するのは職人芸である。
 寿命がきて竹垣がぐらつき始めたので、園芸センターから既製品のものを買ってはて取り付けたが、和洋折衷とはいかずにそぐわない。昨年から出入するようになった植木屋が「こんなちぐはぐなものは庭を壊す」といって、正月すぎの暇なときに一式交換すると請合ってくれた。
 太い柱がきちんと固定され、新しい枝折戸は見栄えがする。それに、竹の青い色が清々しく庭の雰囲気をもりあげる。これなら10年は持ちますからと保証してくれたが、費用はかさんだ。
 洋風のガーデングが流行して、草花の鉢植えをところ狭しと並べるのはよいとしても、庭のない家が多くなったなかで、昔ながらの枝折戸は贅沢かもしれないが、庭の雰囲気が和やかになって、やっと気持ちが落ち着いた。
 毎朝、郵便受けへ新聞をとりにゆくとき竹垣の青さが、気持ちを清々しくさせてくれる。
 
 
 

|

« 伊豆の初旅 | トップページ | 鎌倉を歩く »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/65617/2591434

この記事へのトラックバック一覧です: 枝折戸:

« 伊豆の初旅 | トップページ | 鎌倉を歩く »