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2007/02/18

義理立てに読んだ本

 自分で買う本のほかに、寄贈されたり、感想を求められたりする本が多い。突然、送られてきてご意見をといわれたり、ご迷惑でしょうがと立派な本を差し出されると困ってしまう。
 買っても、読まずに積んでおく本がたまる一方である。年に一度は自分の書いた本を寄贈するので、贈った側の気持ちは痛いほどよく分かるから、目も通さずにお礼の葉書だけで済ませるわけにはゆかず、重荷になってしまう。そんなことから、寄贈先は慎重に選ぶようになった。

 数年前、ある大学教授から定年退官の記念出版として哲学の論文集が送られてきた。教授夫人が妻と旧知の間柄という関係で、教授には面識はなかった。定年の祝いとして贈ってくれたらしいが、哲学とは無縁の身にはお礼の書きようもない。
 軽く目を通してもと思っても、「スピノザ研究」「フォイフォイの哲学」といった専門書では歯が立たない。電話で軽くお礼だけを述べたら「娘が書いた"あとがき"だけで結構ですから・・」と夫人にいわれた。
 当時、教授は病床にあったので、夫人としては慰めに何か書いて欲しいという気持ちが読みとれた。哲学に関係のない出版までの苦労話を綴った娘さんの後書きについて短文を送った。
 本を寄贈しても、電話もなく、読んでくれたのか分からないケースは少なくない。品物の場合は「結構な物を頂戴して」で済ませるが、著書となるとそう簡単にはゆかない。返事をと思いながら、書くチャンスを失ってしまうのだろう。そういう経験のない人の自分史などの寄贈本には手を焼く。
 きちんとした自費出版の場合、百万円は軽くかかるから、贈ったほうは当然のように返事を期待する。知人が自選の俳句集を200万円もかけて出版、寄贈したが返事があったのは3割ぐらいと落胆していた。
 寄贈された側には、俳句に興味がなく、理解できない人も多いから、迷惑の場合もある。漢詩をたしなむ友人が、毎年のように自作の漢詩集を送ってくる。寄贈を受けた仲間たちの集まりで、「漢詩は分からないから、もう送るのは止めて欲しい」という声がでて、本人も困っていた。Senrio_1

 先日、ある知人から「サークル仲間のNさんが出版した自分史をご覧になりますか」といわれた。Nさんはまったくの未知だが、たまたま私が書いた本に共鳴したという感想を人伝に耳にしていた。そういう経緯だと無下に断るわけにもゆかず、一応、その著書は預かることにした。
 それと前後して、他の知人から病に倒れ余命いくばくもない知己を励ますため、彼が病床で出版した詩集の感想に知恵を貸して欲しいといわれた。詩には門外漢なので断ればよかったのに、これも本を預かってしまった。
 Nさんの本は、自分史というよりも「雑学の引き出し」というタイトルの通り、身辺雑記といった内容だった。戦争を体験した同世代で、考え方に共鳴できるものがあり、雑学なら関心もあるので目を通した。
 300頁を越す表紙は布張りの豪華本で、Nさんの意気込みが伝わったくる。拾い読みして大雑把な感想を伝えて知人への義理を果そうとした。

 最初に目を止めたのは原爆体験記だった。Nさんは、当時、呉海軍警備隊参謀部の海軍中尉で経理を担当していた。原爆が投下された広島と軍港のある呉とは、東京と横浜ぐらいの距離である。
 運命の原爆投下のとき「突然、青白い光が一尖、数秒後には聞いたことのない巨大な音と爆風が襲ってきて、前にのめりかけた」といった生々しい描写にはじまり、海軍司令部の動揺ぶりが克明に記るされていた。
 印象に残ったのは、司令部の電話回線は全部ダメになって、連絡はすべて手旗信号だったという。広島への被災者救済に赴くか司令部も迷い、広島へ応援に派遣された兵隊は原爆症にやられたが、ミノファーゲンの注射をして休養させる以外に手はなく「放射能汚染の処置は幼稚で歯がゆい限り。症状に対する手当ての指針もなく、困惑の極みだった」という。
 軍港で日本海軍の司令部がある呉に原爆を投下しないで、市民の多い広島へ投下させた米軍の無謀さに改めて腹が立った。原爆体験のなかで、呉海軍基地の模様を知らされたのは初めてだった。

 Nさんは銀行マンで、支店開設に近郊をまわっているとき、農家の畑仕事をみる機会があり、野菜の苗木を畑に植えるのに出合った。植えた苗には水をやらないのをみて不思議におもったら「水をたっぷりやれば、そのときは勢いがよくなり活着も早くなる。しかし、苗のほうは水を当てにするから、いつまでも深く根を張ってゆかない。少し深めに植えておけば、一時的には萎れるが、生きようとする本能から水を求めて地中の奥深くへと根をのばして成長してゆく」と教えられた。
 これは教育や子育てにも共通する。いまの教育は、すぐ水をやるように、なんでも与えから、子どもたちは苗が地中深くに根を張るように成長しなのだと、教育論に結び付けていた。
 そうした類の話を広い読みしているうちに、共感が次々に湧いてきて、最後までゆっくり熟読したいと興味がでてきた。義理立てに読むつもりが、いつのまにか、本腰をいれて読みたくなり、当分の間、借りることにした。

 一方、病床で詩を書き続けたTさんの詩集「時と人」は、60頁足らずの小冊子だが、昭和40年から42年間、教え子などへの年賀状に書き続けた詩を特集したものである。理科系の教員をして最後は中学校長を歴任するが、「命」と「希望」に「平和」が、詩の底流に流れていて、分かりやすい平明な言葉で語りかけるように詠まれていた。
 詩そのものの評価は分からないが、心に訴える内容のものが多く、素晴らしいと思った。この本も拾い読みのつもりだったが、惹かれて、最後まで読み通してしまった。印象に残った「二十世紀の大晦日」を紹介しよう。
   さあみんな寄っておいで    この百年のお話をしよう
   今日は世紀の大晦日だ    
      昔ヨーロッパにメンデルという人がいた
   教会の庭にエンドウを育て  花の色や実の形 葉のちがいなど
   子が親に似る原因を探った  因子と名づけて発表したが
   はじめ人々は信用しなかった  時は流れて1900年
   メンデルさんの仕事は認められ20世紀がはじまった
   1952年ワトソンさんクリックさんらの科学者が
   遺伝子の二重らせんのしくみを発見した
   二重らせんがほどけたり互いに相手をつくったりして
   親から子にいのちをつなぐ 
   生きるしくみ生命の秘密が解き明かされた 
   これは20世紀の素晴らしい発見だった
   その生命に問いかける  
      世界で二度も大きな戦争があった
   子どもも戦争をくぐり    
      多くの子どもが親やお友達を失った
   お菓子もなく人形も抱かずにね
   「禁じられた遊び」は涙を誘ったよ
   戦争が終わったら多くの国が独立をした
   国は自分たちの力でつくるんだといってね

   みんなが大人になってゆく21世紀  
      何より緑の地球を大切にしよう
   戦争はしはいけないよ    平和な世界をつくるんだ
   生まれてよかった生きてよかったと言える
   世の中をみんなでつくろうね
   さあ夜も更けてきた    
   そろそろ21世紀の足音が聞こえてくる
   お話の結びはもう一度昔の人の声を聞こうか
   メンデルさんはこういったよ
   「見ていてごらん今に私の時代が来る」と

   

      

 

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