« 林檎の花の咲く頃 | トップページ | 『佐賀のがばいばあちゃん』 »

5月 17, 2007

「鈍感力」さまざま

 「鈍感力」が流行語になっている。世の中、複雑になって価値観も多様で意見を異にする場合も多く、ときには面白くないことも少なくない。「あまり神経質になるな」には抵抗を感じても「鈍化力をもって」といわれると、なんとなく納得させられる。ものは言い様、言葉は不思議なものである。

 作家・渡辺淳一の著書『鈍感力』(集英社)が2月発売された。その直後、前首相の小泉純一郎氏が、塩崎官房長官と中川自民党幹事長に対して、世論調査の内閣支持率の上がり下がりに「目先のことに鈍感になれ、鈍感力が大事である」と述べた。それが新聞各紙に取上げられてから「鈍感力」が注目され、渡辺氏の鈍感力』は60万部を越すベストセラーになった。Donkan_1
 「鈍感力」は、もともと渡辺氏の「造語」で、辞書にも載っていない。「いきなり、鈍感力など、奇妙なタイトルだと思われる方も多いかと思いますが、かねてから思っていたことで、鈍感なのは生きてゆくうえで強い力になる、ということです」と、エッセーの前書きで書いている。
 渡辺淳一というと、かつてのベストセラー『失楽園』や近作『愛の流刑地』など、多くの小説で男女の性愛を濃密に描いてきた作家という印象が強い。ときには、ご婦人の顰蹙をかったり、同工異曲の内容に飽きられてきた。本屋の店頭に『鈍感力』が山積みされているのをみて、オヤと思い渡辺氏も方向転換したのかなと思ったりしていた。

 小泉前首相の「鈍感力」の力説も分かるが、友人の交友関係をめぐるちょつとしたトラブルに「もっと鈍感になれば・・」と仲介したら、円満に解決したケースを身近に経験して、『鈍感力』に興味をもっようになった。
 A君が、近ごろ自分のプライバシイーが漏れるような気がする。B君にしか話したこのない内容もあって、これからは沈黙を守る、と打ち明けられた。B君には、人の耳元で小声で囁くように話す癖がある。そんな場面をみたA君は疑心暗鬼になって「信用できない」と、貝になり、ギクシャクした関係になってしまった。友情にヒビがはいってはと黙っておれなかった。
 聡明で人柄もよいA君だからと、「鈍感力」の話をした。「意識過剰で神経質になっているのでは?」と、いったら否定されると考え、彼の鋭さ、純粋さの逆手をとって、鈍感になることも必要と話したら、話に乗ってきた。
 「神経を尖らせるな」でなく「鈍感力」を取上げたのが成功して、トラブルとは無関係のない渡辺氏の『鈍感力』の話をしたら納得してくれた。

 かつて勤務した群馬県での似たような話を思い出した。
 「任侠の地」をもって自ら任じるお国柄は、いまもって変わらない。総理大臣を3人、野党の社会党(当時)の委員長、幹事長が出た"政治王国"だが、国定忠治を生んだ任侠の仁義に喧しい県民性は知らなかった。
 解放的で、他所からきた人を快く受け入れる。親しい友人もすぐできて、その絆が強くなるのに感動させられたことも再々あった。
 肝胆あい照らした交際をしていた友人が突然、口をきかなくなった。こちらに彼の神経に障るような落ち度をした覚えはなく、理由を質しても答えない。仕方なく、その友人と親しい人にそれとなく聞いて貰った。
 簡単な連絡のような事柄を、事務的に第三者に伝えたのが原因と分かった。「俺と貴方の間柄なのだから、真っ先に俺に話すべきである。それを別の人に話すのは仁義に背く。貴方がそんな人間と知らなかった」と怒っていた、という話に面食らった。
 仁義に喧しい任侠の精神が、いまだに根強く残っているのを知った。
 当時は、「鈍感力」という言葉もなく、「鈍さ」は悪とされていた。仁義というか礼儀や筋道を尊ぶのは素晴らしいが、形式だけに縛られるのはどうだろう。こんなときに「鈍感力」があったらと、いまさらのように思う。

 ある中年夫婦が歯磨きチューブをめぐって朝のいさかいをした。
  「君ね。チューブを押したあとの凹みは、きんと正して下から巻くようにしなさい。君が押したあとの、デコボコがいつも残っている。この杜撰なところが嫌いなんだ」 41歳の夫が、妻に文句をいった。
  途端に、奥さんが睨み返して「それでは、あなたの嫌いなところ」と、一気に3倍言い返して、朝から大喧嘩になった。
 ここには、やや飽きかけているが離婚するほどでもない、すこしくたびれた中年夫婦の倦怠と苛立ちが鮮やかに表れている、と渡辺氏は『鈍感力』のなかでひとつの話として紹介している。
 妻が夫に対して、こんな文句をつけるのは珍しくないが、夫はよほど几帳面な男なのだろう。新婚当時であれば、こんなことは口にしなかったろう。それが、結婚して十数年もたっと許せなくなり、怒りとなって爆発する。
 恐らく、この夫婦には、チューブの押し方以外に、いろいろ気の合わないところがあったのだろう。
 一般の夫婦も同じで、十数年もすれば二人の間にさまざまな不満や違和感が生ずる。我慢したり、ときには改めて妥協しながら結婚生活を続けている。それがまたまた歯磨きチューブの押し方で爆発したのに過ぎない。

  ここで「鈍感力」が登場する。いい意味で鈍感な人は歯磨きチューブの凹みは気にならない。そういう男なら、最初から喧嘩にならないし、奥さんから言い返されることもない。
 鈍感だと、ほかに奥さんから文句をいわれても馬耳東風。「なにか、詰らぬことをごたごた並べている」とあまり気にしない。こんな男が相手だと、奥さんもある程度あきらめ、また、のんびり構える癖ができて、おおらかになるかもしれない。夫婦における鈍感力の効用を渡辺氏は強調する。
 団塊定年時代になって、定年離婚や亭主在宅症候群が増えるだろう。
 そんな場合「ひとつひとつが気になって困るわ」と嘆く奥さんは、早く鈍感力を身につけていれば深刻にならずに済むかもしれない。
 結婚は裏返せば、長い長い忍耐の道のりでもある。結婚の幸せを口にしたり、老後しみじみ「あなたと一緒でよかった」などというのは、長い忍耐を経てきたつぶやきなのである。
 その忍耐の裏には、素敵な鈍感力が二人を支え、守ってきたことを忘れるべきではない、と男女の機微に詳しい渡辺先生はご託宣を述べている。

|

« 林檎の花の咲く頃 | トップページ | 『佐賀のがばいばあちゃん』 »

コメント

 はじめまして、uwrbと申します。トラバ頂きましたmm
鈍感について・・・非常に興味深いものですよね。
日本はこの鈍感さについて、他の国に比べて少し疎い気がします。
そこには鈍感という言葉の持つイメージや言葉の誤認という事実が関係しているのかもしれませんね。

投稿: uwrb | 6月 28, 2007 04:56 午前

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/65617/15101707

この記事へのトラックバック一覧です: 「鈍感力」さまざま:

« 林檎の花の咲く頃 | トップページ | 『佐賀のがばいばあちゃん』 »