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11月 22, 2008

飛出し事故の加害者にさせられて

 危険を予知しながらほんの一瞬の躊躇いから、子どもの飛出し事故に巻き込まれた。現場で一緒にいた少年グループは知らん顔で遊び回っていて被害者に声も掛けない。通りいがかりの数人のトラック運転手が救急箱を手に駆けつけ血圧測定をして安否を確かめた。その対応の差は現代社会の反映に思えて現場に立ちすくんだ。
 救急者が到着しても、事故をよそに10数人の少年が遊びに夢中になっていて、救急隊も被害少年の身許を聞き出せない。やっと小学6年らしい兄を探して、身許を聞いて同伴者として救急車に押し込んだ。交通警察が駆けつけても、現場にいた少年たちは事故状況に「わからない」と答えない。
 近くにマンションがあったが、その騒ぎに大人はだれも姿をみせなかった。加害者にされた私も、一方的な説明しか出来ないので、やっと通行人をみつけ警察に証言して貰った。「子どもが階段でふざけ合っていて、勢いあまって道路からはみだし車にぶつかり、そのショックで倒れたらしい」という。

 現場は片側1車線の坂の下。坂を登るためアクセルを踏もうしたら、左前方の道路脇で少年たちが飛び回っている。日に2往復はする慣れた道で、幅も広く、いままで少年グループの姿をみたことがなかったので減速、「危ないかな」と徐行したところへ一人の幼い少年が車の前に見えたので慌ててブレーキを踏んだ。
 車の前に回ったら、1㍍ほど前に少年がうずくまるようにして倒れていた。事情がよくのみこめない。救出と安否の確認が先と手を伸べようとしたら「動かしたら駄目」と怒鳴られた。後続のトラック運転手たちが、次々に集まって、子どもに声をかりたり、手足を動かさせて安否を確かめる。そこえ、救急セットを抱えた1人が現れ、トラックに常備の血圧計で測定、子どもの頭に冷却シートを貼った。口も利けるし、血圧も異常ないからと、居合わせた全員が手を貸して静かに道路脇に移し、ケイタイで救急車を要請してくれた。パニック状態で立ったいる私に「貴方はなにもしなくてよいから警察へだけ届けてください」と、慰めてくれた。

 被害にあった子どもの仲間は、まだふざけあっていて知らん顔。普通なら子どもたちもショックを受け、「○○ちゃん大丈夫か。頑張れよ」と顔を覗き込んで声を掛ける。まるで他人事のように構えて、救急隊の質問にも答えない。
 トラックの運転手たちが、「親はどうしているんだ。よんで来い」と怒鳴ったが、反応がない。いじめでは騒ぐのに、仲間、それも小学2年で一番年下の少年の災難に、クールというか冷淡なグループの姿に、これが、いまの子どもたちの世界かと恐ろしくなった。
 どこから、こんな冷ややかな態度が生まれてくるのだろう。仲間意識がなく、関わりになりたくないと言わんばかりに知らん振りしている小学生たち。人間性さえ失って変に大人びた子どもたちの姿が恐ろしかった。
 私たちの少年時代には、川へ泳ぎにゆく場合はガキ大将が引率していた。千曲川で泳いでいて急流で、浮き代わりにしていた流木を悪童に奪われて溺れそうになった。堤防で監視していたガキ大将が発見、仲間と一緒に助けにきて一命をとりとめた。一緒に浮きに捕まっていた同級生は翌々日水死体で川底から見つかった。
 遊びに異変があると、ガキ大将が駆けつけてきて助ける。それが決まりのようになっていただけに、今回の知らん顔はショックだつた。時代が変わっても、子どもたちの遊びにはルールがある。 

 それにひきかえ、なにもいわずに次々に駆けつけて応急処置をしてくれたトラックの運転手たちには涙がでた。こういう人たちが、こんなにもいるから「この国はまだ大丈夫、捨てたものてはない」と嬉しかった。野次馬ではなく、なにかを手助けしようと、みな構えていた。救急隊がきて被害者の搬送が終わると、だれも、名を告げずに引き上げていった。加害者という立場になって現場にたち、子どもたちのクールさ、運転手たちの無償の暖かさに、その対応の明暗の差をはじめて知った。
 とび出した子どもは、小学2年の9歳の男の子。渋々名乗りでた兄は小学6年生ぐらい。救急隊が聞き出した住所、氏名をたよりに警察も被害者を特定、ようやく実況検分をはじめたのは1時間後だった。寒風が吹きすさぶ現場で3時間も立ち会わされ、取り調べられるのは正直なところ辛かった。
 私からすれば災難の"貰い事故"のような悪夢の一瞬だった。交番、交通捜査隊などパトカー、事故処理車が3台も集まるモノモノしさ。私の車に子どもと接触した痕跡がないか、徹底的に調べては写真を撮るが、その痕らしきものはない。
 「ぶつかったというより、むこから跳び込んできて、衝撃は感じなかった。傷がある筈がないし、子どもの怪我も大したことはない。それでも、運転していた以上は、全治1週間の軽い怪我でも責任は問われ、交通過失傷害法により、刑事犯として地検に送られる。"車社会の掟"とわかっているから、早く処理とて欲しい」と要請した。

 理由はともあれ、相手側のお子さんに怪我を負わせた責任はあるから、お詫びの電話は差し上げたい。相手側の住所、名前、保護者をなにも知らさなくては、手の施しようかないからと、住所、電話番号を教えてものらった。
 警察も大騒ぎして大出動したからには、この程度の事故では格好がつかないのだろう。「あなたがたが気の済むように処理してください」といったら、優しくなって車の誘導をしてくれた。なんだか珍妙な事故だったが、それたけでは終わらなかった。

 帰宅して保険会社に連絡したら、相手方と電話が通せず話が進められないという。子どもの怪我もどの程度か分からない。大したことはないらしいと思っても、救急車での交通事故扱いの搬送となると簡単にはゆかない。
 教えられた番号に電話しても、コール音のあとすぐファックス音に替わってしまう。先方だって加害者の氏名や住所は当然知らなくては困るだろう、と待っていても一向に電話はこない。
 保険会社が搬送先の病院に電話照会したら「検査中」という返事だけ。事故から3時間も経っているのに検査中とは、頭でも打っていて重傷なのかなと心配がよぎる。たまりかねて、夜7時になって病院へ電話したら「さきほど帰りました」という返事、入院しないうのは、大した怪我ではないとホットしたものの、相手方の電話はコール音だけで空しく鳴るだけで繋がらない。
 根気くらべで10間隔でコールを続けたが駄目。インターネットの航空写真で住所位置を検索したら、事故現場に近いマンションの住人という予想とは違う別の場所だった。共稼ぎで普段はケイタイで連絡をとりあっているから、一般電話は在宅以外は用なしと判断した。それにしても、両親とも9時過ぎまで帰宅しないのは子どもたちも気の毒だろうと、共稼ぎ家庭の深刻さを垣間見せられる気がした。

 9時半にやっと電話が通じた。子どもたちの賑やかな声が受話器越しに聞こえ、救急車に同乗したお兄ちゃんが出た。父親に代わってもらい、加害者として初名乗りした途端「すみませんでした。とんだご迷惑をお掛けして・・」と、頭をさげられた。
 話のわかりそうなよい家庭と安心、「お子さんは如何ですか」と尋ねると「大したことはありませんでした。念のため1週間後にもう一度検査するそうですからご心配なく」。お詫びをして、保険会社に任せてあるから、徹底的に検査してください、と話して、常時連絡がとれるよう保険会社の要望でケイタイの番号を教えてもらった。
 やっと、長い半日を終えたらクタクタだった。航空マップで住んでいるマンションの見当もつき、共稼ぎであのクラスのマンションを維持してゆくことの大変さを初めて知った。飛び込まれて、擦り傷と打撲程度の事故から、仲間意識がなくクールに育った子ども世界の危なげさ、共稼ぎ夫婦の生活の深刻さという現代の抱える問題の実態に危機感を感じる一方、名も知らぬ子どもの災難に通りすがりのトラック運転手が掛けつけ救助に手を尽くす、人情の暖かさがいまも生きていることを知って嬉しかった。

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11月 20, 2008

ドラマ『告知せず』に感動

 テレビ朝日系列が先週末放映した『告知せず』は、ガンという重いテーマにもかかわらず、視聴率は19・9という同局のSP部門の最高を記録した。ガン告知をめぐる家族愛の感動のドラマは、医師のインフォームド・コンセント(患者への告知)の在り方に、家族の絆と愛されながら美しく安らかな生命の終末を迎える、という新しい問題を投げかけそうだ。

 ガン治療は進み、生存率も高くなり、ガン告知は患者の知る権利という考えにもとずくインフォームド・コンセントが一般的になっきた。大病院の呼吸器外科医としてガン告知を信条としてきた医師が、突然、妻の末期ガンに直面、医師としての倫理と家族愛の狭間に悩んだ末、妻の命の灯を一日でも長く安息にと「告知」を拒否する。
 大学教授選の最有力候補にあげられながら、退職願いを書いて妻と残された日を家族と一緒に楽しむ。テレビ朝日開局50周年記念ドラマとして主役の医師に渡哲也、妻に高畑淳子、息子に滝沢秀゛秋明のほか古谷一行、神山繁、高島礼子、舘ひろし、といった豪華キャストが出演する2時間ドラマ。

 病院で長谷川誠至(渡哲也)が手術の執刀中、妻・十央子が救急車で運ばれ緊急手術の結果、小腸ガンと分かる。執刀医(古谷一行)は誠至に告知を迫る。外科医としてガン告知を信条としてガン克服につつとめてききた誠至だけに、当然、告知の勧告を受け入れるものと期待した執刀医は、妻への告知に躊躇した誠至に対して「それでも貴方は医師か」と迫って激論となる。
 医師である前に人間として、残された日々の妻を愛して家族の絆を深めようと『告知せず』と執刀医に告げた。誠至を演ずる渡と執刀医役の古谷との論争は見せ場だった。
 告知派の古谷は、自分の妻になると逃げるのは卑怯となじり、自分が主治医として告知すると告げる。渡は、「告知をするとしたら自ら行う」と古谷を斥ける。
 十央子は入院するが、誠至は「腸閉塞だ」と偽る。夫のいうことだからと信じて安心し、医学生だった息子の涼(滝沢秀明)に入院用衣類のリストに赤い下着もいれて持参するようにはしゃいでみせる。脇でそのやりとりをみていた誠至・渡は「告知せず」がよかったと思いながらも、複雑な心境に陥る。

 十央子のガンは転移、楽観できぬ病状に発展。主治医の古谷は、渡が言いしぶっているのをみて「僕なら告知しますよ」といい、渡は「頭では分かっている」と、また迷う。
 渡哲也は大腸がんの経験者で、ドラマでも医師役は初体験だけになんとないギコチナサが出て、それが真実味が伝える。執刀と主治医を演ずる古谷一行は、例の明るい調子で「仕方にないですね。このまま治療します」とポンポンと割り切った言い方をする問答の場面も見せ場で、現在の終末医療の在り方を考えさせられた。
 十央子は小康状態になって退院、以前にまして明るく振って楽しく家事をこなす。薄々は自分のガンに気付いているが、ダイエットだ、更年期障害を装って家族の絆を深めて、一家の"太陽として輝きを取り戻す。息子の涼(滝沢秀明)は、なにも知らずに医師の国家試験に合格、誠至はそのお祝い記念として十央子と涼の母子にグアム島旅行をプレゼントする。
 グアムは誠至と十央子夫婦の新婚旅行地で、観光地めくりや恋人岬をまわり、浜辺で砂を撫ぜながら新婚旅行の思い出に耽る。皮肉にも十央子は突然倒れて、島の医師によってガンと告げられ、涼ははじめて母がガンだったことに気付いて後悔する。

 グアムに駆けつけた誠至(渡哲也)に息子の涼は「どういこと。母さんは知っていたのか」と抗議。誠至はガン告知をしなかったのを明らかにして「そのほうがよいと思った。医者でいることはできなくなるが、笑顔をみたら告知はできない。30年間も連れ添ってきた・・」と、息子に心の内を明かした。
 「また腸閉塞。こんどは手術しなくていいんでしょう」「私は生きたいの、やりたいことは沢山ある。早く元気になり、最後まで頑張って生きるから」と、母の十央子が口にするのを聞くと、医者の卵である涼も涼は最後までガンを口には出せなかった。十央子の余命は3カ月しかなかった。誠至は最後にホタルの籠をもっときて、妻の十央子はかってのデートを思い出し、最愛の絆に結ばれながら、静かに息を引き取った。
 息子の涼(滝沢秀明)は、父親の誠至(渡哲也)は、がんの告知をできなかったのではなく、妻の十央子(高畑淳子)への愛から、「告知しなかった」ことを、葬式後に知る感動と家族愛のドラマである。

 告知をすれば、患者も死を悟るという単純なものでなく、医療技術が進歩して命の灯火が消えるまで、家族の愛に包まれて、やり残したことを解決して安心して永眠するケースがふえてきた。
 倉本聰のドラマ「風のガーデン」も、その物語を木曜日に10回連続で放映され、ガン告知を隠して、いったん失った家族との愛の絆を蘇らせて最後まで生きようとする、麻酔科の権威である外科医の姿を美しく描いている。
 『告知せず』をみて、家族愛への感動から、インフォームド・コンセントの在り方につてい改めて考えさせられた。また、このドラマはテレビ朝日の50年間に最高の視聴率を記録しただけに、再放映を期待する。美しい家族愛のために、「告知しない」選択も、最後の瞬間まで幸福感に浸って生命を全うする自然の道と考えさせられた。

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11月 16, 2008

いまクリニックがブーム

 医者不足をよそに、医療ビルのクリニックが増えてブームになっている。近郊の私鉄駅前など交通の便がよく、夜間診察、休日オープンのところが多く、地域医療のパターンが変化している。
 「医院」と呼ばれた街の開業医は、新しいクリニックに押されがちで、医療施設も整い、待合室などもホテルのロビー並みに整備され、スリッパに履き替え、待合室もベンチ式の長椅子といった開業医とは面目を一新、人気を呼んでいる。

 頭が痛くなったが、脳神経外科病院へゆくのも大袈裟で億劫になった。駅前の医療ビルに脳神経外科クリニックがあるのを見つけ、インターネットで検索したらホームページを持っていた。MRI検査施設も備え、リハビリ施設もあった。
 クリニックというと、都内のビルなどにある簡易診療所を連想してしまい、なんちなく馴染めない。試しに、脳神経外科クリニックを覗いたら、待合室はホテルのロビー並みで、大きなソファーに順番待ちの患者がゆったり構えているのに驚いた。
 ビルの一室だから狭いと予想していたら、狭い待合室で患者がひしめき、ときには座る椅子もなく立ちん棒のまま待たされる「医院」とよばれる開業医とは雲泥の差、スペースもかなり広かった。中年の医師は一人だが、看護師、検査スタフが多く、流れ作業でスピーディに進み、大病院なら順番待ちのMRI検査と、診断もその日のうちに終わった。いままてのクリニックに対する考えが一遍した。
 知人に、その話をしたら早速、診察にゆき待合室の豪華さ、それにトイレが新式のうえ清潔なのに感心していた。病院や医院のトイレは、なぜか不潔なのが通り相場だけに、すっか気に入ったらしい。
 2年ほど後に、再診に訪れたら、待合室には患者が溢れ返っていた。半年後の予約をしてくださいといわれた。評判がよいと、どっと押しかけるのが日本人の悪い癖だが、その隣にも新しい医療ビルが建ち、内科、耳鼻科、眼科、皮膚科、レディクリニックと呼ばれる婦人科が各階ごとに集まっていた。

 耳の奥に違和感が半月も続いたが、前にかかった耳鼻科に行く気持ちになれず我慢していた。耳鼻科というと幼児や子どもたちが溢れ、駐車もできないので二の足を踏む。受付もアルバイトで応対が「診察の順番を待つのが当然」といわんばかりに無神経だった。
  駐車施設もないし、玄関を入ると子どもや患者の靴が足の踏み場みないほど乱雑に置かれている。スリッパに履き替えるが、これがまた乱雑をきわめている。待合室は狭く、満員のため掛ける椅子も空いていた試しがない。いつになるか分からない診察を我慢して立っているしかない。
 他の耳鼻科も五十歩百歩で、ほとんど変わらない。スタフの数も少ないので流れが悪く、鼻の洗浄だけで半日近くが潰れてしまう。
 思い切って、医療ビルにある耳鼻科のクリニックを訪ねた。
 脳内神経外科のクリニックと同様、待合室は明るくソファーも並んでいて、患者は苛立つ様子もくのんびり座っていた。受付窓口も数名の若い女子職員が、親切で手際よく処理してくれる。家内工業然としていた街の耳鼻科医院とはまったく違った雰囲気だた。
 診察は中年の医師が当たり、懇切に症状を聞いて検査、耳の図を書いてここに炎症があるが、外耳道に塗り薬を塗れば簡単になおると説明、病名のスタンプを押したメモを渡して診察は終わった。
 鼻などの洗浄器がなん台も並んでいて、患者が看護師の指示で自分でやっているから回転が速い。

 医師は、大病院の勤務医から転身、独立して中年医師が大半で、医療機器はほとんでリースだから設備費もかからない、看護師や検査技師などをはじめ受け口窓口などのスタフが多いのが共通していた。ただ、かかりつけの開業医のようなアットホームな雰囲気には掛けているが、納得がゆかず他の医師に診てもらうセカンド・オピニオンを聞くのには、医院のような抵抗感がなく、ドライに割り切れるのもクリニックのよさである。
 病院の設置基準では、19ベット以上の収容施設がないものは「医院」「診療所」と定められている。「クリニック」は診療所の別称で「医院」とは変わっていない。ただ、都内などのビルの一室に多かった時代から、クリニックを簡易に思ってしまう先入観がある。
 いまは、内科、耳鼻科、眼科、レディース・クリニックが各階ごとに同居、駐車場も共用の医療ビルが私鉄の駅前などに多く建っている。大病院とのネットワークもできていて安心できる。
 大病院で半日も待たされるのなら、クリニックのほうが簡便で内容も同じ診療が受けられる。しかも、日曜日や夜間も診察するクリニックがふえ、地域医療に締めるウエイトが多くなっている。

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11月 14, 2008

自民の政権担当能力は迷信?

 迷走を続ける生活給付金問題の解決が出来ず、「市町村の判断で」と丸投げした麻生内閣。「総選挙にマイナス」と嘆くだけでなんの手を打てない自民党は、もはや政権担当能力はないも同然である。
 「民主党には政権担当能力がない」と口癖に主張し、国民やマスコミにもそう信じこませてきた自民党。その政権担当能力はいまや"迷信"になってきた。給付金騒動がそれを如実に物語っている。

 生活給付金問題は、二転三転の末にようやく解決のメドがついたと思ったら、閣内からまた異論がでてまた迷走しはじめた。内閣で収拾がつかない「所得制限」を、市町村に「勝手にやれ」と丸投げではどうみても解決にならず逃げでしかない。首相に近い鳩山邦夫総務大臣が「それはおかしい」と、閣議合意の翌日、異論を唱えたのは、至極当然である。
 百家争鳴の閣内不統一、麻生首相にはそれを抑える能力もなく右往左往の繰り返し、「よきに計らえ」と決断を下さない。給付金支給の窓口になる全国市長会から「協力は困難」と総スカンクをくい、自民党もお手上げで市町村の自由意志に任せると、苦肉の丸投げ。首相は「これで解決」と発表して能天気に構えているが、自民党では自棄のヤンパチの苦肉の策、「総選挙にはマイナス」と、麻生内閣を見切る動きも囁きはじめている。
 国や政府が処理できないことを、末端の市町村に出来る筈がないことは子どもでも分かる。そんな主客転倒の政策が、百年に一度の経済恐慌への対策の目玉というから「正気か」と問いたくなる。
 連日、報道される七転八倒の騒ぎに愛想を尽かす。麻生首相は「いろんな意見が出ないのはおかしいと思っている。100㌫の案は出ないから、いろんな案を聞いてから決める」と、相変わらずケセラセラ。苦悩の色などまったくなく、のんびり構えている。どうみても、ちぐはぐで、「最後にはなんとかなる」と、自民党首脳の苦悩とは裏腹に楽観している。

 給付金には課税されるという問題が急浮上した。12000円の涙金に税金がかけられては有り難味も薄れる。そんな計算もなく、準備,検討不足のまま「年内に給付」の大号令。いまや、年内は無理、年度内の来年3月も覚束なくなっている。
 公明党が得意とするバラマキ戦術に、麻生氏が乗せられたという見方が強いが、この迷走ぶりに公明党は見て見ぬふりののコメント。これも奇怪な話である。言い出した公明にも責任があるのだから、具体案や意見を示して当然である。
 それに、なによりも不思議なのは、事ごとに口をだす森元首相が、この問題では一言も発言せずにダンマリを決め込んでいるほか、町村派をはじめ有力幹部が解決に手を貸さず傍観しているだけである。そんな事態にもかかわらず、首相は毎夜、高級ホテルのバーを梯子して、首相のポストを楽しんだいるようにさえ見える。
 内閣の調整役である河村官房長官は「財務省にコネがない」と積極的に動かない。与謝野氏は正論を主張したが受け入れられず、不発のまま黙ってしまった。この内閣はどうなっているのだろう。

 もともとは、総選挙までの繋ぎの選挙管理内閣だったのが、金融恐慌に便乗して、しやしやりでた能力不足が、首相独走、居座りを策した分相応が躓きのもとである。
 能力のない猫に鼠が取れるはずがない。その猫に鈴をつける人がいないから、自民党は完全に末期症状である。ただ「政権担当能力があるのは自民」という迷信にすがって、生き延びているだけである。「ねじれ国会」で迷信も揺るぎはじめたが、民主党もこれを千載一遇のチャンスとして活かせるかが問題だ。
 「一度は民主党に政権を与えてみたら」という国民世論は日増しにふえている。国民を混乱させ、全国の市町村にそっぽを向かれた麻生政権に「不信任「をぶつけるぐらいの勇気が欲しい。
 自民党政権への迷信に、国民も愛想をつかしはしけめた好機を逃すと、また迷信が復活してしまう。

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11月 11, 2008

「給付金は必要ない」

 この物価高、不景気に、お金はいらないという人はいない。だが、各社の世論調査では6割もの人が「政府からの給付金は不用」と答えた。麻生首相は「要らない人は辞退すればよい」とふて腐れ、自民党は「給付方法が決まれば歓迎さる」と強気を装っているが、国民はわずかなお涙金で、景気回復など望めないと承知している。
 首相が景気対策の目玉として、独断で「2兆円の生活支援給付金を全世帯に支給する」と発表してから10日。「所得制限が必要」「一律の定額支給」だと閣内はもめ、自民党内にも異論が噴出、一方、窓口になる全国の市町村は「年末の繁忙期に」と迷惑がって、いまだに支給方法のメドさえ立っていない。Kuufu_2

 苦肉の策として浮かびあがったのが、高額所得者への辞退よびかけである。給付金が発表された直後の閣僚懇談会で「俺たちも貰えるのかな」と話題になったと伝えられ、どの程度を高額所得というか分からないが、おいそれと辞退する筈がない。
 「金は邪魔にならない」という心理は、金持ちも貧乏人も変わりはない。それをた無視して、本気で「辞退呼びかけ」を指示し、検討する首相や閣僚の感覚と神経は普通ではない噴飯ものである。
 かなり古い話になるが、東京都の美濃部知事が55歳以上の人に高齢者支援として都バス無料パスを発行した。当時は55歳定年時代で高齢化対策の先駆けとして話題になった。社用の高級車で送迎され都バスには無縁の一流企業の社長や重役が、「俺も」と無料パスを申請した。人間の心理とはそんなものである。
 税金を人一倍払っているのだから、給付金を貰うのは当然という考え方の高額所得者も多い。低所得者を対象にする慈善のチャリティではないから、辞退しなくても良心は痛まない。

 「金さえ与えれば喜ばれる」という麻生首相の発想こそ、思い上がりの世間知らずとして批判される。彼の高踏的な生活感覚、独善さが、こんどの生活給付金に如実に出ている。「金を遣るのが、どこが悪い」といった思い上がりが、こんどの給付金論争で到るところで顔を出した。気さくなのはよいが、無知と不勉強は頂けない。
 こんどの給付金の是非を巡って記者会見で「朝日の世論調査では6割が不要といっいるが」の質問に、麻生首相は「朝日の購読者には高額所得者が多いんだろう」と不快感を示した。
 世論調査は読者調査とは違って、新聞の購読とは関係なく、全国の有権者の選挙人名簿からサンプルを抽出して質問をする。各社によってサンプルは多少違うが、政治家、一国の首相として、そんな基礎的な知識の無さに呆れた。特定の読者のない共同通信社の世論調査でも生活給付金は不用と回答した人が6割り近かった。
 また、戦争責任に関する政府見解に対して、麻生首相は国会答弁で「踏襲する」を「ふしゅうする」と発言、事務局で記録を修正したが、それにも関わらず、その後の答弁で「ふしゅう」と誤読している。
 頑固な独善も時には必要だが、国語教育のためには誤読として、きちんと訂正して欲しい。

 首相に記者会見で生活給付金について触れると、「もう3回も聞くのか」と不機嫌になり、答えも乱暴になる光景を目にした。全世帯定額か所得制限か、二転三転して結論が出ないので苛立っているのは分かるが、自分が具体的な実施方法の検討や閣内、自民党への根回しもせず、思いつくまま独断で発表、景気対策の柱と見得をきったのである。最後は、党のほうで決めてくれると結論を渋るのは、日頃は歯切れのよい麻生氏らしくない。
 アドバルーンだけがあげて、自民党や閣僚に「よきに計らえ」といわんばかりなのは、バカ殿様同然である。自民党の首脳部の一人は「あの方は言葉だけが先に立つから困る」と、後始末に嘆いていたという。民主党の小沢代表は「自分で結論を出さず、くずくずしている」と批判する通りで、麻生首相の"殿様流"には国民も振り回されている。
 首相のイメージダウンは、日を追うごとに強くなり、最近の世論調査では内閣支持率が、発足当時の41 ㌫を割って37㌫に下落した。これは「朝日」の調査だが、「共同通信」でも、それに近い数字を示している。人気回復をはかる狙いの生活給付金が裏目にでた。
 内閣支持率が下がると、解散・-総選挙を先送りするのが、自民党の政権維持方程式である。早期解散を主張していた細田幹事長は「年内解散はない。1月以後になるだろう」と、早くも語り始めた。
 麻生首相の解散焦らしでは、党内若手議員の選挙活動資金がもたないから、選挙は当分ないから運動は手控えて落ち着けと,言いたかったのだろう。
 景気対策を口実に解散を先送りしても、麻生首相が景気対策の柱と叫んだ「生活支援給付金」が、この体たらくでは国民は麻生内閣には期待しない。それが世論調査の数字にはっきり現れたのである。こんな調子で、ずるずると引き延ばされては、国民も白けきっててしまう。

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