飛出し事故の加害者にさせられて
危険を予知しながらほんの一瞬の躊躇いから、子どもの飛出し事故に巻き込まれた。現場で一緒にいた少年グループは知らん顔で遊び回っていて被害者に声も掛けない。通りいがかりの数人のトラック運転手が救急箱を手に駆けつけ血圧測定をして安否を確かめた。その対応の差は現代社会の反映に思えて現場に立ちすくんだ。
救急者が到着しても、事故をよそに10数人の少年が遊びに夢中になっていて、救急隊も被害少年の身許を聞き出せない。やっと小学6年らしい兄を探して、身許を聞いて同伴者として救急車に押し込んだ。交通警察が駆けつけても、現場にいた少年たちは事故状況に「わからない」と答えない。
近くにマンションがあったが、その騒ぎに大人はだれも姿をみせなかった。加害者にされた私も、一方的な説明しか出来ないので、やっと通行人をみつけ警察に証言して貰った。「子どもが階段でふざけ合っていて、勢いあまって道路からはみだし車にぶつかり、そのショックで倒れたらしい」という。
現場は片側1車線の坂の下。坂を登るためアクセルを踏もうしたら、左前方の道路脇で少年たちが飛び回っている。日に2往復はする慣れた道で、幅も広く、いままで少年グループの姿をみたことがなかったので減速、「危ないかな」と徐行したところへ一人の幼い少年が車の前に見えたので慌ててブレーキを踏んだ。
車の前に回ったら、1㍍ほど前に少年がうずくまるようにして倒れていた。事情がよくのみこめない。救出と安否の確認が先と手を伸べようとしたら「動かしたら駄目」と怒鳴られた。後続のトラック運転手たちが、次々に集まって、子どもに声をかりたり、手足を動かさせて安否を確かめる。そこえ、救急セットを抱えた1人が現れ、トラックに常備の血圧計で測定、子どもの頭に冷却シートを貼った。口も利けるし、血圧も異常ないからと、居合わせた全員が手を貸して静かに道路脇に移し、ケイタイで救急車を要請してくれた。パニック状態で立ったいる私に「貴方はなにもしなくてよいから警察へだけ届けてください」と、慰めてくれた。
被害にあった子どもの仲間は、まだふざけあっていて知らん顔。普通なら子どもたちもショックを受け、「○○ちゃん大丈夫か。頑張れよ」と顔を覗き込んで声を掛ける。まるで他人事のように構えて、救急隊の質問にも答えない。
トラックの運転手たちが、「親はどうしているんだ。よんで来い」と怒鳴ったが、反応がない。いじめでは騒ぐのに、仲間、それも小学2年で一番年下の少年の災難に、クールというか冷淡なグループの姿に、これが、いまの子どもたちの世界かと恐ろしくなった。
どこから、こんな冷ややかな態度が生まれてくるのだろう。仲間意識がなく、関わりになりたくないと言わんばかりに知らん振りしている小学生たち。人間性さえ失って変に大人びた子どもたちの姿が恐ろしかった。
私たちの少年時代には、川へ泳ぎにゆく場合はガキ大将が引率していた。千曲川で泳いでいて急流で、浮き代わりにしていた流木を悪童に奪われて溺れそうになった。堤防で監視していたガキ大将が発見、仲間と一緒に助けにきて一命をとりとめた。一緒に浮きに捕まっていた同級生は翌々日水死体で川底から見つかった。
遊びに異変があると、ガキ大将が駆けつけてきて助ける。それが決まりのようになっていただけに、今回の知らん顔はショックだつた。時代が変わっても、子どもたちの遊びにはルールがある。
それにひきかえ、なにもいわずに次々に駆けつけて応急処置をしてくれたトラックの運転手たちには涙がでた。こういう人たちが、こんなにもいるから「この国はまだ大丈夫、捨てたものてはない」と嬉しかった。野次馬ではなく、なにかを手助けしようと、みな構えていた。救急隊がきて被害者の搬送が終わると、だれも、名を告げずに引き上げていった。加害者という立場になって現場にたち、子どもたちのクールさ、運転手たちの無償の暖かさに、その対応の明暗の差をはじめて知った。
とび出した子どもは、小学2年の9歳の男の子。渋々名乗りでた兄は小学6年生ぐらい。救急隊が聞き出した住所、氏名をたよりに警察も被害者を特定、ようやく実況検分をはじめたのは1時間後だった。寒風が吹きすさぶ現場で3時間も立ち会わされ、取り調べられるのは正直なところ辛かった。
私からすれば災難の"貰い事故"のような悪夢の一瞬だった。交番、交通捜査隊などパトカー、事故処理車が3台も集まるモノモノしさ。私の車に子どもと接触した痕跡がないか、徹底的に調べては写真を撮るが、その痕らしきものはない。
「ぶつかったというより、むこから跳び込んできて、衝撃は感じなかった。傷がある筈がないし、子どもの怪我も大したことはない。それでも、運転していた以上は、全治1週間の軽い怪我でも責任は問われ、交通過失傷害法により、刑事犯として地検に送られる。"車社会の掟"とわかっているから、早く処理とて欲しい」と要請した。
理由はともあれ、相手側のお子さんに怪我を負わせた責任はあるから、お詫びの電話は差し上げたい。相手側の住所、名前、保護者をなにも知らさなくては、手の施しようかないからと、住所、電話番号を教えてものらった。
警察も大騒ぎして大出動したからには、この程度の事故では格好がつかないのだろう。「あなたがたが気の済むように処理してください」といったら、優しくなって車の誘導をしてくれた。なんだか珍妙な事故だったが、それたけでは終わらなかった。
帰宅して保険会社に連絡したら、相手方と電話が通せず話が進められないという。子どもの怪我もどの程度か分からない。大したことはないらしいと思っても、救急車での交通事故扱いの搬送となると簡単にはゆかない。
教えられた番号に電話しても、コール音のあとすぐファックス音に替わってしまう。先方だって加害者の氏名や住所は当然知らなくては困るだろう、と待っていても一向に電話はこない。
保険会社が搬送先の病院に電話照会したら「検査中」という返事だけ。事故から3時間も経っているのに検査中とは、頭でも打っていて重傷なのかなと心配がよぎる。たまりかねて、夜7時になって病院へ電話したら「さきほど帰りました」という返事、入院しないうのは、大した怪我ではないとホットしたものの、相手方の電話はコール音だけで空しく鳴るだけで繋がらない。
根気くらべで10間隔でコールを続けたが駄目。インターネットの航空写真で住所位置を検索したら、事故現場に近いマンションの住人という予想とは違う別の場所だった。共稼ぎで普段はケイタイで連絡をとりあっているから、一般電話は在宅以外は用なしと判断した。それにしても、両親とも9時過ぎまで帰宅しないのは子どもたちも気の毒だろうと、共稼ぎ家庭の深刻さを垣間見せられる気がした。
9時半にやっと電話が通じた。子どもたちの賑やかな声が受話器越しに聞こえ、救急車に同乗したお兄ちゃんが出た。父親に代わってもらい、加害者として初名乗りした途端「すみませんでした。とんだご迷惑をお掛けして・・」と、頭をさげられた。
話のわかりそうなよい家庭と安心、「お子さんは如何ですか」と尋ねると「大したことはありませんでした。念のため1週間後にもう一度検査するそうですからご心配なく」。お詫びをして、保険会社に任せてあるから、徹底的に検査してください、と話して、常時連絡がとれるよう保険会社の要望でケイタイの番号を教えてもらった。
やっと、長い半日を終えたらクタクタだった。航空マップで住んでいるマンションの見当もつき、共稼ぎであのクラスのマンションを維持してゆくことの大変さを初めて知った。飛び込まれて、擦り傷と打撲程度の事故から、仲間意識がなくクールに育った子ども世界の危なげさ、共稼ぎ夫婦の生活の深刻さという現代の抱える問題の実態に危機感を感じる一方、名も知らぬ子どもの災難に通りすがりのトラック運転手が掛けつけ救助に手を尽くす、人情の暖かさがいまも生きていることを知って嬉しかった。
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