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1月 30, 2009

「ありふれた奇跡」またまた佳境へ

 ドラマ『ありふれた奇跡』(山田太一・フジテレビ木曜劇場)は、第5話まで進んだ。人間味の暖かさをうたう山田イズムの本領が回を追うごとに色濃く描かれてさらに佳境に入った。
 連続ドラマ、それも10回で毎木曜10時から1時間となると、1回でも見落としたらと、ともすれば敬遠されがちになる。初回の視聴率は12㌫をクリアー、好調なすべり出しで「一話一話進むごとに、どんどん引き込まれてゆく」といったコメントが相次いだ。視聴率は2回から10㌫代に落ちたが、4回から11㌫に回復、5回目にはさらに上昇、ドラマが予想外の展開をみせ、いよいいよヤマ場を向かえる。

 ありふれた一般的な家庭や人間には、完全無欠ではなく、なにがしら影や曰くをもっている。そのなかで、みな纏まって幸福に生きて暮らしている。「奇跡」では、二つの家族が、そんなチャンスを不器用ながらうまく活かしている。
 妻子を焼死させ自暴自棄からアルコール依存症になって絶望、飛び込み自殺をはかった中年男を、互いに見ず知らずの若い男女が一緒になって命がけで助ける。その二人にも、生きることに躓いて自殺をはかった暗い過去があった。これを機縁に二人の間に恋心が芽生え、それぞれに問題を抱える二人の家族が、恋の成就を願って力を合わせる。それを通じて二つの家庭が問題や曰くを乗り越えて幸福になる。偶然の奇跡が生んだ幸運を描いているが、身の回りにはそうした”奇跡”がありふれている。それが山田太一が、最後の連続ドラマとして書いた、山田イズムに徹したドラマである。

 「さらりとしたセリフがキラキラしていてメモを取りたいほど深いです。他人を思いやっていることで不器用になったり悩んでいる姿が美しくて、だから自己中心的ではない人がいて安心するし、私もそうでありたいと思います。翔太(加瀬亮)が藤本さん(自殺未遂の男)に怒りをぶつけたのもすごく人間らしくてよかったです。田崎家(翔太一家)の親子3人のシーン大好きです。息がピッタリで優しさがあって。「ありふれた~」というだけあって、田崎家は普通の家で、ほうれん草をゆでていたりお茶碗洗ってたり、リアル感があって、いいと思いました。全体的にリアルなドラマだなと感じます。人間を深く描いていて出演者が俳優さんだということを忘れてドキュメンタリーを見ているようです。だから展開にとてもドキドキします。加奈(仲間由起恵)に対して困っている翔太も微笑ましくて、優しさにあふれていていいです。人間はいろんな面を持っていて、そういうところもよく伝わってきますし、だからとても面白いドラマだと思います」
 第三話まで観た30歳のOLからのコメントである。同様のコメントが多く、「幸せって案外身近な所にあるんだなってことです。本当に今の現代人にとって大切なことが沢山詰まっているドラマと思います」というコメントを読んで同感した。

 先週放送の第四話では、主役の中城加奈(仲間由紀恵)と田崎翔太(加瀬亮)の二人の間が接近、加奈が翔太の家、田崎家を訪れる。互いに想いを秘めながら、はっきした態度をとれない弱気の翔太も彼女を自分の家へ案内、家族に会わせることに踏み切る。
 田崎家は左官屋で、父親は妻に逃げられ市の水道局に勤務、家業を継がないファージー男。左官屋を仕切ってきた祖父は腰を痛め、事務機器会社をリストラされた翔太が跡を継ぐ、男ばかりの3人暮らしである。父親役は風間杜夫、祖父を演じる井川比佐夫の渋い好演技がドラマを盛り立てる。
 男やもめの所帯へ、若い娘がくるというので大はしゃぎでワクワクしている。翔太は大学時代にアイルランドに渡り、アイリッシュダンスを覚え、加奈にダンスを教え、二人で彼の部屋で踊る。ミシミシと響く音に風間と井川は、二人の恋が実ったと早合点して祝福、翔太にとんだ勘違いと怒られるユーモラスで、暖かみのあるシーン。
 加奈と翔太は、「そんな関係じゃあない」と言いながら、想いは深まって肩を並べて、下町の夕景色に見惚れるシーンは美しく、二人の将来を暗示している。カメラワークに喧しい山田太一だけに、美しい情景が心に響く。

 加奈を左官屋の軽自動車で自宅まで送る。近所の人に誤解されてはと、翔太は少し前で加奈を降ろして別れるが、家族に知られてしまう。翔太一家と撮った写真を祖母役の八千草薫にみつかり、そこ映っている翔太は、かつてボランティアを頼んですっかり気に入った青年だった。八千草は、その偶然を喜んで、加奈の両親にこっそり打ち明けて、二人が結ばれるように動く。
 加奈の中城家にも問題があった。父親(岸部一徳)は高級サラリーマン、母親(戸田恵子)は人形教室を開いているが、男性教師と曰くがありそうで一家はバラバラ。家族はみな承知しているが口には出さない。祖母役の八千草薫が、すべてを心得て丸くおさめている。そこえ、加奈にほのかな想いを寄せる翔太の話が降って沸き、バラバラだった一家はひとつに纏まって、母親の曰くも解消する。
 そして、加奈と翔太の父親同士が会う。ここで第四話は終わるが、2月にはいって、5話は予想外の展開に発展した。

 五話はこれまで詳しく触れられなかった加奈の中城家の内情を中心に描かれて、一筋縄にはゆかない山田ドラマの片鱗を覗かせた。
 中城加奈(仲間由紀恵)の父親(岸部一徳)は精密機械大手メーカーの部長、片や田崎翔太(加瀬亮)は下町のしがない左官屋生まれ、釣り合いがとれそうもない。ところが、父親同士が顔を会わせた途端、二人は女装クラブのメンバーで顔見知りだった。
 岸部を登城させた裏には、なにかあると予想していたが、女装趣味の高級サラリーマン。翔太の父親、風間杜夫は妻に逃げられた水道局員だが、これまた女装趣味で、岸部と風間は家族に内緒で意気投合、ふたりして女装して街を歩く。思いを寄せながら結ばれようとしている娘と息子に女装趣味を告白するか意見が分かれる。
 翔太はサラリーマン失格に絶望、自殺を試みようとした秘密を加奈に告白するが、加奈は自分の過去に口を閉ざす。「結婚したら、何人ぐらい子供が欲しい?」と、加奈は翔太に話しながら、いざとなるとはぐらかしてしまう。翔太の執拗な追求に「わたしは子供を産めない体」とだけ告白、「元カレとのためか。俺は子どもがいなくてとも構わない」と翔太に迫られて、泣きながら逃げてゆく。
 女心に疎い翔太は、ショックを受けながらも加奈への想いは強まり、二人は毎日のようにメール交換をして、仲は深まってゆくが、加奈は子どもを産めない体になった原因を明かせずに悩む。

 一方、加奈の中城家では、母親が人形教室の教師との曰くは解消したものの、虚脱の日々で家事もできない。加奈と祖母の八千草薫は、承知しながら口に出さないで素振りにも出さず家族がバラバラになぬよう気配りをしていた。ある夜、八千草は「ふたりでお酒を飲まない・・」ウイスキーを手に、鬱状態でベットにいる嫁(50)の部屋を訪れる。「内緒だが、あなたと同じ年頃に恋をしてしまたのよ。いま考えると、バカな男だったのに・・」と、笑いながら打ち明ける。
 あの八千草薫に不倫イメージはむすびつかないが、嫁(加奈の母親)も虚を突かれたようにベットから立ちあがる。嫁を虚脱から立ち上がらせようとする芝居とも受け取れるが、なんとかして家族を丸くまとめてゆこうする素晴らしいシーンだった。
 孫の加奈の恋を成就させてやりたい、それには家族がバラバラではという心遣いがうかがえる。岸部や風間を女装趣味にさせたかと想うと、姑が嫁に昔の秘密の恋を告白させたり、山田太一もやるもんだと、ドラマから目を離せなかった。
 そして、秘密を打ち明けられずに悩む加奈は、思いまって自殺男とアルコール依存症の藤本(陣内孝則)を訪ねて、逆に絡まれる。ここで五話は幕になっている。
 ドラマは折り返し点になって、いよいよ見せ場の登城である。四話を見終わったとき、こんな予想はまったくつかなかった。これからの展開が楽しみだが、一筋縄でメデタシ、メデタシで幕になるとは考えられない予想外の展開に胸を躍らせる。
 いままでのところ、ぐずな現代若者を象徴する加瀬亮に、女性たちの人気が集中、彼の演技を絶賛するコメントが圧倒的に多かったが、仲間由紀恵と八千草薫の出番が多かった五話には、どんな反応がみられるかも楽しみである。これからが、山田太一の本領をえがく見せ場が待っていると思うと見落とせない。

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1月 27, 2009

水中歩行・変化もたせて楽しむ

 股関節を痛めて水中ウォーキングを始めてから2年目。週に3回、近くのフィットネスクラブのプールで1時間ほど歩くのが習慣のようになり、股関節の痛みはなくなった。
 いま、水中歩行ブームで、どこもスポーツジムやフィットネスクラブのプールは満員、そのための教室もあるが、単調のためか長続きせずに中途でやめる人も多い。アクアエアロビグッズに転向する人も多いが、健康維持のためには歩行を続けたがよいといわれ、歩く内容を点検してバリエーションを工夫したら、歩くのが楽しくなった。

 「継続は力なり」で水中ウォークも長く続けないと効果がない。それも、すぐ痛みが消えたり、ダイエットになるわけではない。プールのコースを黙々と歩くのは単調で楽しくはないのは事実だが、股関節痛や腰痛を治すという目的があるから、黙々と歩いている。
 後ろ向き歩き、横歩きを入れて変化を持たせる工夫をしたが、プログラムを作って歩いてみたら、時間がたつのが意外に早く、30分に1000㍍のペースも楽だった。喋りながら歩くペースがよいとわれても、独りの場合は簡単にゆかない。時間によっては歩行コースが数珠つなぎのように渋滞してマイペースで歩けないこともあるから、午後の空いた時間にゆくと、思いどうりのプログラムが楽しめる。
 いつも黙って歩いているので、隣のコースで水中エアロビやアクアを教えている女性コーチから、参加をよびかけられた。毎週、通っているストレッチ教室の先生に相談したら「いろんな種目を楽しむなら別だが、健康管理と維持が目的の場合は歩くだけに専念したほうがよい。ひとつの運動を続けていると、体調の異常や良し悪しが分かるから,歩くたけのほうがよい」といわれた。たしかに、足腰にいつもとは違う感覚や違和感をプールの水が教えてくれる。肌にあたる水圧によて微妙に感知できるのは体操の先生の言うとおりだった。
 それ以来、歩くことだけに専念し、その代わりバリエーションを工夫して、ガイドブックを頼りに、自分の年齢や股関節などの痛みにあうプログラムと時間配分をきめて、歩くことのマンネリをなくした。その一部を紹介してみよう。

 (1)  ジャンピングツイスト
   プールに入ったら、その場で顔を正面に向けたまま、ジャンプして腰を左右にひねる。最初はゆっくり右左5回ずつ。ウエストの筋肉を刺激、腰まわりの代謝をよくする。
 (2) 歩行の開始
   25㍍プールなら1往復を一つの区切りにして、最初は歩き方にこだわらず時間をきめて自由に歩く。私の場合は5往復、250㍍が目安、時間にして5分弱。水中に入ると、呼吸が複式呼吸になるので、どんどん喋って腹筋、内臓を刺激してやるとよい。
 (3) エクササイズを開始
 (4)  ダイナミックウォーク

   身体を大きく動かしながら歩く。腕を大きく振り、一歩を大きく出す。さらに、効果をあげるのには、身体をひねりながら歩くとよい。
 (5)  「もも上げ歩き」
 
   腕を振り、膝で水を上に押し上げながら歩く。水面に水が押しあがってくるのが分かるくらいになると最高。
 (6)  「横向き歩き」
    背筋を伸ばした姿勢で、進行方向にある手と足を横に大きく出す。後ろに残した足を引き寄せる。25㍍歩いたら、同じ方向を向いたまま帰る。これで左右できる。身体の前面で手と足をクロスしながら歩くとより効果的。
 (7)  「つま先歩行
    つま先立ちで歩く。ふくらはぎの筋肉をしめる。ゆっくり歩くこと。勢いよく歩くとふくらはぎがつるので気をつける。水中は浮力があるから勢いよく歩きやすいので要注意。
 (8) 「蹴りだしウォーク
    足の甲で水を前に蹴りながら歩く。足の裏で前に水を蹴る。
 (9) 「うしろ向き歩き
    腰痛がある人には腰に負担がからないのでお勧め。
 (10) 「かかと歩き
    歩きにくいが、スネの筋肉を鍛え、転倒予防に効果がある。
 (11)「ナンバ歩き
    古武術の歩き方。足と手を同じように前に出す。陸上とは違ってプールでは意外に歩きやすい。
 (12) 「ツイストウォーク
    身体を左右にツイストしながら歩く。なかな前に進まないが、ウェスト中心のエクササイズとして効果がある。

 水中の運動や歩行は、水の抵抗があるため陸上の3倍の運動量があるといわれる半面、浮力がついて身体が軽くなるから動きやすい利点かある。水中ウォーク教室では、全体の流れにのってつい無理をして筋肉を痛めることもあるから、自分の体力にあわせて、また前にあげた項目を適当に組み合わせて、自分にあうプログラムをつくり、ただ歩くだけでなく、バリエーションをもたせると楽しく、時間もあっという間に過ぎて1000㍍ぐらいは軽く歩ける。
 陸上では、とても歩けなかった距離をこなして運動量が増えるのは信じられないくらいである。ただ、歩行コースで仲間とお喋りして邪魔になるケースも多いので、スピードを落とさずに歩くマナーを身につけることが必要である。
 プールからあがったとき、自分の身体の重さに驚いてよろめくことがある。プールのなかでは浮力のため、自分の体重の重さを忘れている証拠で、若い人でもあがり際に転倒、怪我をする例があるという。水中歩行は、水泳とは違った体力増強があり、変化をもたせれば楽しさを味わうこともできる。

  

 

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1月 26, 2009

税金の確定申告にご用心

 税金の確定申告の季節になったが、社会保険の複雑化で今年は源泉徴収の還付を求める場合、とくに注意しないと損をするケースが予想される。年金で槍玉にあがった社会保険庁の体質は一向に変わらず、発行する「公的年金等の源泉徴収票」の内容は杜撰で、そのまま信用すると大損をする。

 年金から介護保険料や長期高齢者保険料を天引きするのは、問題と指摘されていたが、保険料徴収とは関係のない社会保険庁が勝手に天引きするのは国の怠慢である。
 実際に公的保険料を徴収してきたのは、市区町村など自治体の窓口である。それが、徴収漏れがないように、納める人の声も聞かずに国が勝手に介護保険料を、年金から天引きした。当時はあまり問題にならならず、これに味をしめた国は、とかく批判の多い後期高齢者保険の天引きに手をつけた。年金支給にすよ改ざんや支給漏れが明るみににてで、保険庁の体質が問題になったのに、本業とは関係のない保険料天引きはせっせとする。
 こんど保険庁から送られてきた「公的年金の源泉徴収票」には、「控除額」の欄に「社会保険料の金額」という記入があり、従来の「介護保険料」は消えた。区役所から送られてきた「納付済額」の半額が「社会保険料」と記入されている。
 ある人が源泉徴収還付の申請書に「公的年金の控除」として、社会保険庁からの通知額(8万余円)を記入して申告したら、区役所から「納付額」として16万円の通知があつた。控除額が半分以下になるのは、納税者、とくに年金暮らしの高齢者には大きな損失である。

 その話を聞いて、区役所に問い合わせたら「社会保険庁のものは無視してください」という回答に驚いた。後期高齢者保険は昨年4月から発足、それまでの国民保険から移行したので、天引きに反対した全国の半数近い市区町村の高齢者保険料は年金から天引きされていない。社会保険庁がなんの断りもなく、「社会保険料」として通知しているのは3月までの僅か3ヵ月分の国保時代のもので、後期高齢者保険は含まれていない。だから金額も半分以下という説明だった。だが、保険庁の説明には、社会保険料について「平成20年中に徴収された介護保険料、国保、長期高齢者保険料の合計額です」と明記している。これは明らかに誤解を招く説明である。
 横浜市など多くの市区町村は、7月に保険料が確定するまで天引きは見送っている。東京都のように見込みで天引きしているところがもあるかが、天引きされない自治体の住民に「平成20年じゅうに払った保険料」という表現は虚偽といわれても仕方ない。
 納税者にとつて、医療、保険料などの控除は、「減税」に相当する。お医者の領収書をこまめに保管したり、通院のタクシー代の領収書まで集めて、税金の控除を少しでも多くしよう努力しているのに、役所がなん万という控除を曖昧にしているのは「増税」に繋がる行為である。国民の知らぬところで、こんな風に騙されて誤魔化されていたのか、と社会保険庁の一連の不正の実態に触れる思いをした。

 税の申告には、公的保険料の控除に注意しないと騙される。保険庁にきいても禄な回答はないし、窓口の市区町村はいつも満員、電話は話し中でなかなか繋がらない。だが,辛抱強く、納得できないとききは、窓口の担当者にきちんと聞いたほうがよい。
 昔と違って、市区町村の窓口は、平気で国の行政の矛盾を口にする。そのときの政府の思い付きで制度を改悪、負雑化して、あとは地方に押し付けるやり方への不満と疑問をもっているからてある。
 たかだか2万円そこそこの生活給付金で国会が混乱、国民に押し付けがましいことを喧伝しているが、税金控除の対象になる公的社会保険料をなん万円と虚偽の通知をされては、給付金どころではない。政治や行政の矛盾は、末端にゆかなと明らかにならない。
 現在は後期高齢者にならない世代にも無関係ではない。やがて、こうした矛盾に直面することになるので関心をもって欲しい。納税や社会保険制度のシステムは、だれにも理解がゆくよう単純にすべきである。複雑化すのは、増税の隠れ蓑としか思えない。

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1月 24, 2009

オバマ人気と麻生政権の落差

 オバマ米大統領の就任式や演説に、日本でも「うらやましい」など羨望の声が広がり、国民の間にオバマ旋風が吹き荒れれている。零下8度という厳寒の中、200万人もの群集が6時間も立ち詰め、熱気のこもったオバマ氏のスピーチに拍手と激励を送っていた光景は、国民が一つになって、アメリカン・ドリームの再来を賭ける情熱が伝わってくる。

 就任式の生放送をみようと、深夜2時にまかかわらず、日本のテレビ視聴率は最高7㌫を記録し、米国で全世界にわたたって調べたオバマ支持率の世論調査では、日本は米国を超える90㌫近い支持率が伝えられている。
 インターネットのブログにも多くの賞賛とエールの声が高く『他所の国の大統領とはいえ決して無関係でなく、歴史的なことである」という書き込みが目立っている。書店では、就任演説の内容を英文と日本語訳を載せた演説集が山積みされ、新聞(朝日)もスピーチ全文を日本語と英語を対訳して、見開きの全2ページに掲載した。

 こうなると、就任式を単なる米国のお祭り騒ぎとはみておれない。初の黒人大統領、47歳という異例の若さで経験は未知数、業績を重ねた英雄ではないオバマ氏。それも、歴史的な経済恐慌という難局の中での彼への期待が膨らむのは何が理由なのだろう。

『私はケニアからきた黒人の父と、カンザスからきた白人の母の息子です。私を育ててくれた母方の祖父は、大恐慌を生き抜き、パットン将軍の下でヨーロッパ戦線を戦いました。彼が戦場にいる間は爆弾工場でアメリカのために戦っていました。
 私はアメリカで最も優秀な大学(コロンビアとハーバード)で学業を修めましたが、世界で最も貧しかった国の一つ(インドネシア)ど少年時代を送りました。
 私は奴隷の血と奴隷主の血を継ぐ女性と結婚し、私たちの大事な血を二人の娘に継ぎました。
 私の兄弟は、姉妹は、姪や甥や、叔父や従兄弟は。あらゆる人種、あらゆる肌の色で、三つの大陸に住んでいます。
 そして、私は、生きて限り決して忘れません。
 私の物語が可能な国は、この世界じゅうでアメリカだけということを』 (町山智浩訳より)

   08年3月18日にフィラデルフィアの国立憲法センターで、オバマが激烈な大統領選挙を前に行った演説の一部である。人種とくに黒人差別の激しい米国で、ここまで、自分の出生について突っ込んだオバマは、反感とは違い、多くの感銘を打ち取り、強敵の元大統領夫人ヒラリーを破って当選したのである。いままでのアメリカでは全く予想すらつかかったことで、アメリカは大きく変質していたのである。
 アメリカというと人種差別の国という第一印象が強く、現実にそうした問題は少なくないが、人種の坩堝のようにあらゆる国の人が住んでいて「人と人の心が触れ合う瞬間に満ちている。みんな切なくて人恋しくて、でも暖かでユーモアを忘れない」と、在米の岡田光代さんは、ベストセラー『ニューヨークのとけない謎』(文春文庫)の中で書いている。オバマという初の黒人大統領が生まれた素地と一脈通ずるものがあるように思えた。

 アメリカは建国の浅い若い国である。いろんな人種が集まった多人種国家だが、やる気になって努力すれば誰にでも成功のチャンスがあるアメリカン・ドリームが持て囃され、馬小屋生活の身から大統領も生まれた希望に満ちた国だった。それが、いつの間にか消えて、白人優先、人種差別の国になり、世界の頂点をきわめたが、ブッシュの8年間に経済的にも大きく破綻した。
 「夢は眠ていないと見られない。2000年の歴史があるよヨーロッパの国々は、眠りからは醒めているので、若くて歴史からも醒めずに眠っているアメリカだからこそ、夢が描けるのだ」と、ジョークまがいにアメリカン・ドリームを羨んだヨーロッパ人もいた。
 夢をもつのは、可能性を秘めている。オバマはアメリカン・ドリームを新しい形で再生しようとし、国民もまたそれを期待して、就任式にみられたような情熱と興奮が爆発。心ある日本人を羨ましいがらせたのである。

 日本人は、近代化の歴史はアメリカと大差ない。戦争前には良し悪しは別として、こんなどオバマ就任式にみられた大群集が一人の英雄のために国じゅうが熱狂、興奮の坩堝となる場面経験はなんとせかあった。国のために一丸になって難局を乗り越えて、日本を守り発展を願うという国民性があった。
 それが、戦争を巻き起こして暴走、亡国という最悪のシナリオとなった。大戦に負けて戦後になってからは、「国のため」「社会のため」に日本が纏まって行動するのは、「巨悪」とされる思想がはびこり、経済的に日本が破綻に瀕しても、国をあげて守ろうとする気概が完全に薄らぎ、すべてを為政者のせいにする傾向が強くなった。
 50余にわたる自民党の一党支配が、政治へのインパクトをなくし小粒な政治家しか育たない。夢や弁舌の巧みさで国民を惹きつけ首相など、ここ数十年出てこない。政治の矮小化である。マスコミ、政治評論家も、それに即応するように見識も衰え小粒になって、厳しく警鐘をならすこともなく悪循環を繰り返す。
 国民はそれに馴らされて、政治への関心も薄れて政治離れとなる。支持率が10㌫台に落ち込んでも意にも介せず、首相の座に安穏とし、与党がこれを懸命になって擁護する。これは、どうみても,世界的に政治後進国といわれても仕方なく、相手にされなくなる。

 こんどのオバマ就任式のスピーチ、200万という熱気に対して、麻生首相はほとんど無反応で「認識は一致している。ああいう感じであれば、一緒に、世界1,2位の経済大国が手をつないでやっていけるなうと確信した。そんな感じですかね」と、冷ややかに感想を述べるだけで、対岸の火事としかみていない態度に、インタビュアーも呆れたという。国会議員もみな同然だったという。
 夢もビジョンもなく、政権だけに恋々として、消費税値上げの時期を具体的に明記するかしないか、生活給付金を受け取る、受け取らないで与党内がもめている。オバマの演説を聴いたり、決意を語る熱気からみて、日本の麻生政権のスケールの極小さに暗然となる。莫大な財政赤字を抱えて、なおばら撒き政治に終始、公明党の小手先戦術にしがみつく自民党の醜態、そんな場面ばかりを連日のようらみせつけられて、オバマ人気と日本政界との落差の大きさに情けなくなる。
 他の国の大統領を90㌫も支持したくなるのは、自分の国の政治への鬱憤晴らしとも受けとらる。国民ももっと声をあげて、倒閣、脱自民。官僚政治との決別の国民運動に同調しないと、日本はジリ貧になって明日は望めなくなる。

 政治家が国や世界を思う情熱やビジョンを亡くして、自分の利益保存と党利党略だけに執心するようになったら、完全な失格で、潔く退陣して道を譲るべきである。オバマ氏のスピーチライターは27歳の青年。単に原稿の執筆をするだけてなく、昼夜を問わずオバマと行動を共にしてやり取りをかわすと聞かされて、日本の官僚任せのスピーチとの根本的な相違をはじめて知った。

 

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1月 18, 2009

ドラマ『天地人』の戦国ロマン

 NHK大河ドラマ『天地人』が好評なすべり出しで、昨年の『篤姫』を上回る高視聴率だという。戦国時代を舞台にした大河ドラマは数多く、定番ようになっている中での視聴率の高さは意外だった。
「篤姫」の余韻かとも考えたが、初回から主人公、直江兼続と上杉景勝の幼少時代を演じた2
人の子役の演技が視聴者のお茶の間の涙を誘ったという説に、人の命など眼中にない戦国武将の中で、兜に「愛」の文字を掲げて戦場を駆け巡り、ひたすら「義」を貫いた兼続の波乱なドラマの前ぶれを感じた。
 従来の戦国ドラマのパターンとは違った、ドラマ仕立てと、その展開に新鮮さとロマン溢れる人間模様が期待される。とかく弱肉強食、渦巻く勝敗のための謀略というワンパターンになりがちな戦国ドラマに「またか」という先入観が先に立つが、果たしてこれを破れるか楽しみである。

 直江兼続を扱った歴史小説には、藤沢周平の『密謀』という大作がある。昭和60年から現在まで62版を重ねるロング・ベストセラーとして広く読まれている。兼続は戦国武将・上杉謙信の跡を継いだ上杉影勝の家老であるが、周平は彼を当時の一級人物と捉え、家康や伊達正宗などと同列に扱い、関が原の戦いで家康が留守になった江戸城を攻めたら、歴史がかわっていた。それを兼続がなぜしなかったか疑問を持ち続け、歴史の謎として、その解明に焦点を当てそこに到る戦国期の歴史を克明に描いて、壮大なドラマにまとめている。
 NHKが
直江兼続を中心に大河ドラマを作ると聞いたとき、当然、藤沢周平の『密謀』が原作になると思い込んでいた。ところが、作家、時代小説の分野では、史実よりもロマンやフィクションまがいの伝奇を織り込んだ作品が多く、そほど知られていない火坂雅志という作家の『天地人』が原作と知って戸惑った。
 『天地人』は、中山義秀文学賞を受賞した作品だが、そのトーンは周平の「密謀」とは違い、異質でもあり、大河ドラマ予告の昨年末には書店の店頭でもほとんど見かげず、『密謀』だけがうず高く山積みされていた。

 ドラマの初放映をみて、その出足から「密謀」とはまったく違うことに気づいた。ドラマを制作したNHKの関係者は、広く知られ評価されている軍師、日本の三大陪臣という評価よりも、「波乱の日々のなかで謙信に教えられた「義」を貫くことの大切さを自分なりに解釈し、慈愛の「愛」という言葉に辿りつき、兜には燦然と掲げられた『愛』の一文字は、兼続の生涯を通じ、故郷と、そこに住む民衆に向けられた。名だたる武将たちが利益をめぐる争いに狂奔して戦乱に明け暮れする中で、兼続の存在は異彩を放ち、他を圧倒する強さを義将の魅力がある。利益追求に走り、品格を失いつつある現代社会にも鮮烈な印象を与える」と、その制作意図を語っている。
 脚本を担当した女性脚本家は「あの戦国の時代に『愛』という一文字を兜にかかげていた武将がいたと聞かされて、直江兼続という一人の人間に興味が湧きだした。下克上の乱世、子が親を打ち、肉親同士でもその命を賭けて争う苛酷な時代に、愛をかかげて生き抜いた武将。そんな歴史的な史実をドラマチックに描くのは大河ドラマの醍醐味です」と書いていた。

兼続が、現在でも熱強い人気を誇っている。その理由は、大阪冬の陣に大活躍、鉄砲を駆使して豊臣方を圧倒したのに、家康から冷遇されて米沢に移されて上杉家の藩政確立に貢献。家康には媚びずに弾劾状を送ったといわれ、徳川家の理不尽な言動に対して毅然たる態度をしめした。
 日頃から質素倹約を実行、減俸による苦しい米沢藩の財政再建を果たすなど、政治的手腕も優れていた。このドラマで、兼続の魅力をどこまで描けるか、これからが楽しみである。

 

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1月 16, 2009

ドラマ「ありふれた奇跡」の楽しみ

 奇跡は常識では考えられない神秘的な出来事で、そう滅多に起きるものではないと考えるのが普通である。ところが、普段生活している中には、小さな奇跡がいくつもある。ただ、気づいていないで見過ごしてしまうが、奇跡に気づくことで希望が見出される。
 フジテレビの開局記念ドラマとして始まった木曜劇場で、好評だった『風のガーデン』(倉本聰)に続いて、1月からスタートした山田太一の『ありふれた奇跡』は、見過ごされやすい小さな奇跡から、希望や幸福が生まれるのを描いた連続ドラマである。倉本聰に劣らぬ脚本家の山田太一が、最後の連ドラとして「ぶぞろいの林檎」以来、11年ぶりに書きくだしたものだけに、ありふれた普通の人間の中に小さな幸福を見出す山田すイズムが全編にあふれ見応えがある。
 先行き不透明な世の中でも、見まわせば幸運を生む奇跡が身の回りに転がっている物語は、いまの時代にかすかな光明を与える。
 初コンビの仲間由紀恵と加瀬亮の組み合わせも新鮮さでみどころになっていて、陣内孝則、井川比佐志、八千草薫、岸部一徳などのベテランが脇役としてドラマを盛り立てている。

 ある日の夕方、人気のないホームに立っている中年男(陣内孝則)に、たまたま近くを通りかかった男(加瀬亮)と女(仲間由紀恵)は、その男が列車に飛び込み自殺をしようしているのではと感じた。加瀬は一旦はホームの階段をくだるが、男の挙動が気になってこっそり引き返す。仲間もそんな予感からホームで見守る。そこへ列車が着て二人はとっさに男に飛び交って突き飛ばす。
 男は死ぬつみりは全くなかったと言い、二人を強く非難する。
 ドラマはここからスタートする。やがて交番の巡査(塩見三省)が駆けつけ、3人の話を聞く。職業的な勘で男が自殺を企ていたこと見抜き、「いまの世は、掛かりあいになるのを恐れて、避けて見過ごす人が多いのに、巻き込まれて犠牲になるのも恐れずに、飛び掛る二人には感謝すべきだ」と諭す。男は、4年前に妻子を火事で焼死させてから生きる希望をなくして自殺を企てことを明らかす。
 加瀬(31)と仲間(29)は、まったく無知の間柄で偶然、現場を通りかかったが、二人とも「自殺」を考えた心の傷があった。そして生きる尊さを知った。男の自殺を予感した裏には共通の体験があつた。加瀬はリストラされて家業の左官を手伝い、仲間は業務用厨房器具会社に勤めていた。それぞれの家庭は、複雑な事情を抱え幸福な生活とはいえない環境にあった。

 中年男の自殺を防いだことから、二人の距離は叙々に近づいてゆく。家族には内緒でメールや電話をやりとりするようになる。(ここで第一話は終わる)。
 助けられた男は、二人にお礼をいった後、自分の自殺を予知したのは、おなじような経験があったのではと問いただし、二人は暗い過去の傷を仄めかす。
 それを機縁に二人の間は急速に接近、互いにほのかな想いを抱きあうようになる。仲間は生きることの素晴らしさを説いて自分の気持ちを率直にぶつけるが、加瀬は淡い恋心を抱きながら、果たして仲間を幸せにされるか自身がなく、煮え切らない。やっと「綺麗ですね」と心の内を打ち明けた。
 仲間は自分の告白に無理して合わせているだけだろうと、加瀬の煮えきらない態度に怒って、その場を立ち去る。加瀬は慌ててふためいて後を追うが、仲間の姿はなかった。
 いまの世相として、草食系男性と肉食女性の譬え話そっくりである。いまの若い男性は、おっとりと穏やかのほか、恋愛に対しても淡白で、女性とは普通に友達関係が続けている。女性の隣で草を食べる草食動物と似た雰囲気で草食系男性だといわれるう。
 一方、“肉食女子”なるものも出現!草食系男子に対応して、狙いを定めて積極的に振舞うとい説があるが、加瀬はそんな男を連想させ、仲間は積極的にリードするタイプの肉食女性を思わせる。
 山田太一の鋭い観察。女が心の内を明かすやりとりに敬語や丁寧語を連発させる台詞の工夫を凝らす。敬語による恋の告白は、純な初々しさを感じさせて効果的だった。

 加瀬は、仲間を忘れられず、彼女の家の周辺を歩いていて、仲間の祖母(八千草薫)に偶然であう。仲間と縁続きとは知らず、祖母をボランティアとして介護して、仲間の母(戸田恵子)の人形作品展会場まで連れて行く。祖母は「純粋な曇りひとつない好青年」と加瀬が気にいって、会場で仲間の父親(岸部一徳)にも照会する。
 娘の仲間を慕ったている男とはまったく知らず、岸部も加瀬に好感を持つ。これも奇跡な巡り合わせだが、加瀬は名も告げずに会場から姿を消した。仲間はそんなことを知る由もなく、母親の作品展にも顔を出さずに友人と会って帰宅すると、祖母の八千草薫がよい若者に出会ったと上機嫌に話す。加瀬とは気づかないが、もしやという気持ちを抱いて複雑な心境になって、第二話は終わる。
 ドラマは連続10回。やがて加瀬と仲間は結ばれるのだろうが、それぞれの家庭にも複雑な事情があり、それらも絡んでこれからの展開が楽しみである。「ありふれた」というタイトルだが、登場人物は一人として普通な人はおらず、みな曰くのある人物ばかりである。山田太一が、敢えて、こうした一風変わったキャラクターの人物だけでドラマを仕立てた狙いはなんだったのだろう。
 世間には、なんの曰くもない家庭や親子、夫婦などはない。それでも小さな幸せを求めて、まともに暮らしているというのが、山田イズムで、ヒットした多くの作品は、それが底流になっている。こんどのドラマで、それをどう展開して「奇跡」の謎解きをしてみせるのか楽しみだ。「風のガーデン」のような感動やロマンをよぶ場面は少ないかもしれないが、小さな奇跡も見逃さずに幸福に生きる人間模様など、人生を前すために考えさせられたり、多くの示唆となるだろう。

ドラマの本筋とは違うが、奇跡にであっても、それを本ものの幸福に発展させることができるかは、その人の信念、生き方や努力にかかわっている。先週、ドラマ化されて多くの反響を生んだ城山三郎さんの遺作『そうか、もう君は、いないのか』の亡妻の記にも多くの奇跡が書かれている。そして、城山さんは見事に本もの愛妻にた。
 城山さんと妻容子さんとの出会いは、完全な奇跡だった。彼が大学生で名古屋へ夏休みの帰省中、市立図書館へいつたら休刊日でもないのに、閉館していた。そこえ、高校3年生だった容子さんが夏休みの宿題をこなそうと、部活をサボってやってきた。城山さんは、勉強好きの高校生と思い込んで、はじめて会ったばかりの彼女に人生論を語って、将来は作家になって「筆一本で生きてゆく」熱っぽく語る。ところが、容子さんは「筆一本」の意味がよく飲み込めない。友達に筆問屋の娘がいたことから、それを思いだして「大変でしようね」とうなづく。意気投合して、その日にグレンミラー物語の映画を一緒にみて、再会の証拠として本を彼女に貸す。
 容子さんの両親に知られて、彼女は城山さんに絶交宣言.彼はまた東京の大学に帰り、卒業後、帰省して大学の教官になる。またまた同僚と繰り出したダンスホールで奇しくも容子さんに再会、二人は結婚にゴールインする。まさしく、奇跡がまた奇跡を生む結果になり、生涯、よき伴侶として然した。
 会った初対面の日から、自分の伴侶ときめて、ひたむきになる。2度目の奇跡の再会で、信念を押し通した城山さんの努力が実を結んだのである。われわれの身のまわりには小さな奇跡が転がっているが、それを活かすも殺すも本人たちの努力次第である。
 どんな風にして奇跡を活かせばよいのか、このドラマは教えくれるだろう。そう思うと、毎週、木曜日の夜10時が待ち遠しい。

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1月 12, 2009

伊豆に早春匂う水仙の里

 毎年の恒例になっている伊豆半島半周の新春ドライブを楽しんだ。関東では雪が積もり厳寒の成人連休に出かけたが、伊豆は例年になく穏やかに晴れ上がり、日本の三大水仙群生地とされる半島途端の爪木崎(下田市)は水仙が咲き乱れて早春を匂わせていた。
 太平洋に突き出した岬で、岩礁を砕く荒波を立てる強風にさらされる爪木崎で、こんな穏やかな海と咲き誇る水仙群をみるのは10数年ぶりだった。300万本の水仙見物には最高の年かもしれない。Aki_kiku_205_3

 熱海を基点に、天候にかかわりなく伊豆半島を半周ドライブするのが新春の恒例になったから、20数年になた。伊豆の海の雄大な景観を見ないと新しい年があけない。波が打ち寄せる海岸線沿いの国道134号線は、道幅は片側一車線、岩をくり貫いたトンネルと急カーブの連続、それにアッパンダウンがきつく、ハンドル捌き、アクセル加減にも神経を使うが、ドライブの醍醐味でもある。
 半島の突端、下田まで80㌔を2時間かけて、伊東、伊豆高原、熱川、稲取、などの観光地を通過、大海原に浮かぶ大島など伊豆7島の島影を眺めながらのドライブ。その魅力にとり憑かれると、やめられない。悪天や曇天の日も、行けるところまでゆく。

 ことしは、出発の前日、関東地方は初の積雪、天候も荒れ模様で予約した宿のキャンセルも考えたが、当日は雨になった。出発を遅めにして強行したが、道路はガラガラ、海岸沿いの西湘バイパスには車の影もなく、心細い。熱海に入った頃は小雨になったが、気温は7度と低く、温泉につかりながら明日の天候の回復を祈った。
 翌日は連休初日、雲ひとつない好天に下田を目指した。悪天候が尾をひいてか、道路は車の姿がなく、スピードを落として紺碧の大海原を横目にみながらゆっくり走れた。熱川温泉を過ぎ、稲取温泉にさしかかると、高い椰子の並木道がつづき、アロエの赤い花が咲き誇って景観が一変、陽射しもつ強くなり、車内は暑くなってきた。暖房を落としてセーターだけになったが汗ばむ。
 後続する車はないので、スピードを落として海景色を楽しむ。鏡のような波ひとつない海原が,陽の光にキラキラ輝いて眩しい。岩礁の岩が黒いシルエットを描いて浮かんでいる。水平線の彼方には大島など伊豆七島が霞んで横たわっていた。もっも近い大島の白い街並みや埠頭がみえる。こんなに近く大島が見えるのは初めてだった。Aki_kiku_210

 下田に入り、爪木崎の交差点で右折、野水仙の群生地である岬の途端に向かう。天候が悪く、ここ3年ほどは途中から引き返したせいか、群生地まで長く感じられた。その先の須崎には天皇陛下の御用邸があり、かつては近くまで足を伸ばした。Aki_kiku_209
 水仙の群落地は、300万本の水仙が丘の斜面を埋め尽くすように白い花が咲きほこって、あたりい一帯に甘い香りが漂っている。以前は、荒磯の強風に倒伏され、その下から花が首をもたげていた。「荒磯に萎えてなお咲く野水仙」と、その健気さを詠ったが、水仙の合間に植えられたアAki_kiku_208ロエが抜きん出るように赤い花を咲かせていた。また海岸への道も整備され、紺碧の空と蒼い海、荒々しい岩礁も水仙の甘い香りに包まれて優しく感じられていた。
 海風をまともに受ける太平洋に突き出した岬は、強風が吹きあれるのが当り前で、ダウンコートに着膨れてマフラーで完全武装しないと水仙見物はできなかった。まして、風の強い海岸に立って海景色を眺める余裕などなかった。
 この日は無風のボカボカ陽気で、水仙見物の遊歩道を歩く人たちもコートを脱いで手に持っていた。また、海岸の砂浜で海や岩礁を見物するグループも目立った。Aki_kiku_206
 水仙の群落にところどころ植えられたアロエは南アフリカ原産の蘭の一種。爪木崎にくると途中、国道の両側に赤い花を咲かせたアロエが連なっていた。近くの白浜にはアロエ研究所もある。日本にはキダチアロエが多く、「医者知らず」といわれるほど鎮痛、胃腸薬に使われている。ただ花を咲かせるのは難しく、南伊豆や房総でないとみられない。野水仙の花の引き立て役になり、南伊豆の冬を彩る風物詩になっている。

 野水仙の群落から、岬の突端にある爪木崎灯台に向かう遊歩コースもある。風のない穏やかな日は灯台へ向かう人も多い。数年前、風のない日に灯台見物にでかけ、帰りに奇岩怪石の岩礁の波うち際に、墓がひとつだけ荒波に洗われているのをみた。漁に出て帰らぬ人の墓だろうと見詰めていたら、下から甘い水仙の香りが漂ってきたのが忘れられない。「荒磯や水仙匂う墓一基」
 水仙の群落をたっぷり楽しんだあと、向かいの植物公園で早春を告げる草花の花を堪能した。そのいくつかを写真で紹介しよう。Aki_kiku_213_2
 Aki_kiku_212_3Aki_kiku_214Aki_kiku_216    

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1月 08, 2009

「貰って使え給付金」の大合唱

 正月休み明けから、国会で生活給付金の迷走、「貰う、貰わない」のナンセンス問答が始まった。「生活支援」から「消費刺激効果」へと名目が変質、「国会議員もみな貰おう」と自民党幹事長が音頭取りで政府も同調、麻生首相だけは「貰うか決めていない」と態度を濁したいる。野党は給付金廃止を迫り、自民党内も揺れており、給付金問題の行方は混沌としてきた。

 問題は、庶民の生活感覚音痴といわれる麻生首相の思いつきと独断から始まった。百年に一度の金融恐慌に全国民に一律の生活支援給付金を支給すると大見得を切り、規模の2兆円という巨額さに閣内から異論が続出、「所得制限」を設けることで一応は落着した。いざ、実施となるや、官僚側から所得制限方式は困難と難色を示されて、また「一律」に逆戻り。
 政府では収拾がつかず、窓口になる市長会に「実施方法はお任せ」と丸投げ。こんどは市町村が実施を渋るといった二転三転の迷走ぶりをみせて年を越した。首相の「年内支給」の公約は流れ、「年度内支給」さえも覚束なくなった。
 一方、国民は世論調査で60㌫が反対、「金をやる」というのにと首相は首をかしげた。民主党など野党は総選挙目当てのバラマキと反対、第二次補正予算からの分離を要求している。
 1人に12000円そこそこのお涙金よりも、2兆円と纏まった予算を福祉対策などに有効に生かして欲しいと願うのである。「お恵み」「お情けを与えてやればよい」という麻生首相の高踏的な時代感覚の錯誤が、すべての原因である。国民のほうが、首相よりも長期的展望にもとずいた考えを持っている。ある面では、賢明な国民を愚弄した給付金といわれても仕方ない。

 ガソリン価格にみえるように、1㍑が200円近くまで高騰したのが、最近は90円台に下落して、表面的に不況感が緩和されると、こんどは「生活支援」のスローガンを「消費拡大」に書きかえた、そして、自民党幹部が「貰って使おう」の大合唱を唱えはじめた。
 所得制限を撤廃して一律支給に改めても、歳費だけでも1800万円も貰える国会議員には給付金を受け取るのに躊躇いがある。「消費拡大」が狙いだから、大手を振って一緒に給付金を貰おうと、自民党の細田幹事長が公然と呼びかけ、官房長官まで記者会見で同調を表明する演技をみせた。茶番劇を平気で演出する神経が疑いたくなる「貰おう、使おう」の大合唱である。
 かつて、小渕内閣時代に公明党の提案で、「地域振興券」をばら撒いて消費拡大を図ったが、国民は反応せず実際に消費に使われたのは4割弱で、大半は換金して貯蓄にまわった。そうした経験を自民党が知らない筈はなく、本気で「消費拡大」を信じているとは思えない。その当時よりも、不況は深刻で、国民は貰った給付金をつかわずに、不安な将来の生活に備えて、使わずに貯蓄にまわすことは誰の目にも明らかである。

 1人の生活感覚に疎い首相が独断で提言したことを、党の面子にかけて愚作と承知しながらも守り通すのが政党の意地なのだろうかと、不安になる。国民のほうが遥かに賢明で着実な生活感覚をもって、個々にばら撒くよりも、纏めて使えば有効な政策となることを承知している。「過ちを改めるのに憚らず」に、手を変え、品を変えた迷走を繰り返すよりも、思い切って廃止して出直したほうが賢明である。悪あがきには、早くケリをつけて欲しい。
 政治家は、党利党略に走ってろ党の面子にこだわり政権に恋々としているが、国民のほが国の将来を考えて、自分たちの住みよい国づくりを真剣に考えている。給付金問題は、それを端的な形で反映させたのを、政治家は肝に銘ずるべきである。

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1月 06, 2009

腰痛と"痛みの扉"

 年末の大掃除にガラス拭きで、背伸びした途端に腰に軽い痛みが走った。整形外科は休みで手の施しよがなく、痛み止めと湿布薬の憂鬱な正月だた。痛みは間欠的にってきて、大腿部から脛、ふくらはぎにまで広がったが、正月明けの頃から嘘のように痛みが軽くなり、「ストレスが痛みを扉を開く」という説に納得がいった。
 整形とは関係のない主治医も、初検診で「筋肉の痛みは3週間もすれば消える。早く痛みを取ろうとという焦りからくるストレスが痛みを引きずる」と、同様のことを言っていた。街の整形外科医は、骨に異常がないと「たいしたことはない」で済ませ、筋肉炎症は詳しく説明せずにリハビリに通わせる傾向がある。焦りによるストレスが「痛みの扉」を開いて、再発したり、長引かせる原因となる心因説を体験して、もう一度、復習してみた。

 腰痛などの痛みとストレスの関係を提唱した関西の整形医は、「神経の癒着、軟骨のすり減りといった"構造上の問題"だけを痛みの原因と捉えるのは誤り。抹消神経の過敏、ストレスによる交感神経の緊張、それからくる酸欠など生理機能の異常が痛みを生む」という説を長い臨床経験から割り出した。
 「そして、一度できた痛みは、痛みそのものが大きなストレスになる。それが悪循環して慢性化、習慣化、パターン化する。慢性の場合、自分が気づかない僅かなキッカケで再発を繰り返す。
 筋肉を傷めたあと、ジワジワと悩ませる「遅い痛み」は、自立神経、意識、記憶と関連して、脊髄の後ろにある「痛みのゲート」を開くことが原因である。痛みが長く続くほど「ゲート」は開きやすく、情緒不安などから、思わぬ激痛が走り、過度の不安や恐怖を抱くようになって悪循環を繰り返す」と述べている。
 痛みのメカニズムへの新説で、なんとなく「痛み」の正体がわかってきた。早く痛みの苦しさから解放されたいと焦り、遅々として進まない治療効果への疑問や不信からストレスが高じて、「痛みのゲート」を開いては悪循環するという説には、共鳴できるものがある。
 貴重な時間を割いて、街の整形外科へリハビリに通っても、一向に先がみえてこない治療効果に悩むのも大きなストレスになる。とくに悪化もせず、生命の危険に繋がる病気でない限り、のんびり構えて「痛み」と上手付き合ってゆくほうが治りが早いだろう。
 きょうは痛みが重いが、これは天候のせいかなと考えたり、全然、痛みがない日は、「きょうは痛みのご訪問がない」と軽く考える。痛みの度合いに一喜一憂するよりも、気持ちのなかで割り切るほうがよい。
 痛みは、ある日突然、忘れたように消えてなくなった、という話をよく聞く。朝、起きて「痛みくん、きょうは来るの来ないの」と考えるのもよい。レントゲンにも映らない異常は、大したことはないと割り切ることにし、やがて「痛みくんサヨナラ」の日もくるだろうと構える。

 みなが楽しそうに過ごしている正月は、「痛い、痛い」から抜け出そうとでどうしても焦る。寝正月を決め込んで横になっていても、神経は痛みのほうへ行っていて気鬱になる。
 気晴らしに、ソファーでテレビの正月番組を、ほとんど一日観ていると夕方になって、痛みが酷くなる。そして、いつ治るのだろうとまた焦る。そんな悪循環を3日も続けていれば「痛みのゲート」は開き放しで、一向に閉じないのは当り前である。腰痛に悪い姿勢を3日も続けていることに気づかない。
 姿勢を変えて、ホットカーペットの上に寝転んで、本を読んだら意外に痛みが薄らいだ。机に向かってパソコンに触るのは腰痛に悪いのを承知しながら、ブログを書きはじめたら痛みを忘れて夢中になり、書き終えたら痛みが消えていた。
 それでも不安になって、ソファーに横になった。また痛みがやってきたが、湿布を張りえるのも面倒になり、痛み止めの薬を飲むのもサボっていたら、いつの間にか痛みはどこかへ去っていった。
  暮れ起きた腰痛から、ちょうど2週間だった。暮れから正月にかけては腰痛やぎっくり腰が起きやすいが、焦らずに治療することの大切さを知った。整形医の「すぐ治る」という言葉を鵜呑みにせず、ゆっくり構えれば、ストレスもなく「痛みの扉」もやがて閉まる。

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1月 01, 2009

長く、静かに、健やかに

 新しい年が明けた。新聞をとりに郵便受けにゆく途中、庭の片隅で土から福寿草の黄色い花芽が、新春の挨拶を交わすかのように僅かながら顔を出していた。よく晴れ上がったが厳寒の元旦だった。
 元旦の新聞は、1年を占うといわれている。家に入る前に一面に目をやると、「朝日」のトップは『陰るハリウッド』。一瞬、目を疑った。「世界変動」という大型連載コラムで、『逃げ場のない嵐』の初回が前日の大晦日に始まり、年をまたいで2年続きでトップを張る。なんとも芸のない話である。新聞の怠慢か、それとも、今年の先行き不透明さ如実に語っているのだろうか考えさせられた。08072810p1000802

  年賀状には、異口同音に「おめでとう」が繰り返される。年頭の慣例、決まり文句だから、ことさらにケチをつけるのは不粋だが、果たして何人が目出度いと感じているのだろうか。
 賀詞とは裏腹に、世界的な政治経済の変動と恐慌、不況を嘆く「添え書き」が大半を占めている。個人的には、後期高齢者の仲間入りをした人たちは、足腰の痛みや脳障害による身体麻痺を訴える者もいて、己の年齢を思い知らされた。

作家・城山三郎さんが生前、座右の銘にしていた『長く、静かに、健やかに』に惹かれ、2年ほど前から、それに倣うようになった。中国の古書に拠るものだが、今年の生き方として最適のモットーではないかと、年頭に考えた。
 百年に一度と口にされる世界的規模の不況は、1年や2年で到底収まりそうもなく、長いトンネルが続く。「激動の年」とか叫んで動いてみても,簡単に抜け穴は見つからない。じっと静かに構えて長くかけて克服する覚悟が必要である。焦って下手に動くと泥沼にはまってしまう危険もある。ただし、心と身体は健全に保って、体力をつけながら、気持ちは前向きに明るくして耐えることが大切である。
 政治的には、総選挙含みの年で、半世紀ぶりに政権交代という激動の年になることも予想さるが、生活が一変して俄に世の中が変わるわけではない。これも、長い目で見た上での変化とみたほうがよい。ここも長い目で静かに見守る度量が必要である。
 ことし貰った賀状の中に、「不況の克服は大切だが、あの戦中、戦後の暗い時代を克服して世界有数の経済大国になった、日本人の能力に自信を持つべきだ」という添書きのものがあった。アメリカ一辺倒が招いた落し穴から、早く抜け出して日本固有の政治経済態勢の確立に、政治家や企業も舵を切り替えるチャンと考えれば、この経済恐慌も新しい再生の機会となる。

 「朝日」が大晦日と元旦と2日続き、年を跨いでトップを張ったのは芸がないと批判したが、かつての新聞づくりでは考えられない恥である。「世界変動」という連載大型コラムは、内容もあり読み応えがある。私たちの経験では、連載コラムを1面トップにして読者に心意気を示す場合だけ許されるが、2回以降は2面に回される。
 本来は、1面トップはナマのニュースで飾るべきである。いくら重要度があるとはいえ、2日続きで同種のニュースをトップにしないのが鉄則とされた。読者に常に新鮮味を与えるという努力である。
 一歩譲って、『世界変動』の連載企画を始めるのなら、元旦のトップから始めないのか疑問が残る。先行き不透明な時代なればこそ、ニュースは多い筈だ。政治家や官僚にばかり頼っていて、自分の手で掘り起こそうと努力する記者が少なくなったから、こんな無様な元旦紙面になる。年の初め早々から(2)と銘打った連載、それも外国ネタでトップを張るのは潔しとせず、縁起も悪いと忌み嫌った心意気が、かつての新聞にはあった。
 それが平気で罷り通っているから、怠慢というのである。困難な時代になればなるほど新聞の使命は大きい。それを果たさず軍部に協力して戦争を煽った新聞の罪悪は反省された筈である。
 安易な新聞づくりは、「戦争」を「不況・経済恐慌」に置き換えただけで、新聞独自の基本的な考えと判断を持たないと、また同じ蹉跌を踏む結果にもなりかねない。

                                              

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