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2009/04/25

水中ウォークブームとマナー

 水中ウォークをはじめてから3年、週に3回ほどプールにかよっている。最近、フィットネスクラブなどでは、水中歩行ブームのためウォーク・コースが数珠つなぎの渋滞ぶりで、ウォーカーのマナーの悪さが、楽しみを半減させている。
 股関節を痛めて、水中歩行が効果的と聞かされてはじめたのが3年前。水の浮力で身体が軽くなって歩いても痛みがなく、その効果につられて、いまでは欠かせない日課になった。プールの中を、ただ黙々と1時間近くも歩き続けられるか自信がなかったが、後ろ向き歩き、横歩き、つま先立ち歩き、踵歩きなど、いろいろなバリエーションを組み立てて歩いていると、時間があっという間にすぎてゆく。
 それに、プールへゆく時間と曜日が決まっているので、コースを歩く顔ぶれがきまっていて顔馴染みができる。深い付き合いはしないが、会話をかわすようになって楽しみがふえる。「継続は力なり」といっても、独りだけで同じ歩き方を繰り返していては飽きてくる。仲間ができると、歩き方を工夫したり、効果を確かめあったりするほか、軽い世間話もするので長続きするようになる。
 通っているフィットネスクラブは、ビルの4、5階にあって付近に高層ビルがないので眺望がよく、四季に変化する外の景色を眺めながら歩いていると、散歩しているような気持ちになって、気分転換には最高である。
 ジムやフィットネスクラブは、ビルの地下や外から見えないように遮蔽するケースが多く、それまで通っていたジムは地下のため穴倉にいるようで、体を鍛えるというだけで楽しみはなかった。ジムやクラブも環境が大切である。

 フィットネスクラブやジムというと、若い人やスポーツの筋肉マンを連想しがちだが、いまは若者よりも熟年層が圧倒的に多い。定年になって時間に余裕ができた団塊世代、美容と健康のための中年主婦が主流である。それに、最近は、足腰に故障ができた高齢者の参加が目立ちはじめた。
 月額8000千円程度の費用で、マシンで自転車漕ぎ、ウォーキング・ミルで歩行の筋トレ、ハワイアンを踊ったり、太極拳、ヨガに参加。最後はプールに入って水中ウォークをしたあとジェット・バスで体をほぐす。そして、広い浴場で入浴、マッサージ・マシンにかかる。暇つぶしに、毎日、朝から夕方まで過ごす高齢者もいる。
 「ここで入浴してゆけば、家では風呂に入らない。ガス代を考えれば大した費用ではないし、お友達ができてお喋りも楽しめる」といった高齢者の独り暮らしの女性も多く、データイムは中高年女性の溜まり場という様変わりである。
 カラフルで派手な水着になると年齢を忘れ、泳ぐのは大変だから、もっぱら水中ウォークで足腰の老化を防ぎ、すこし体力に余裕があると水中ヨガやアクアにも参加するといった具合で、プールはいつも賑わっている。水温は常時30度の温水プールだから、冬場も寒くはなく、身体が温まるから、はじめてプールに入る高齢者にも抵抗はないらしい。
 それに、プールの中では、水の浮力が転倒を防止して転ばないし、万一の場合も怪我をしない。最高の転倒防止という魅力も足腰の弱った高齢者には捨てがたい魅力である。

 最近、ちょつとした異変がおきた。1レーンしかない狭いウォーキングコースへ50代の中年女性グループが現れ、反動をつけながら大股で水を蹴りながらスピードをつけて列になって歩きはじめた。ロープにつかまりながらゆっくり歩いていた高齢者たちを押しのけるようにして追い越してゆく。彼女が歩いた後は水流の渦ができて、老人たちはよろめく。
 中年女性グループの先頭を歩くリーダーは、追い越しの際にも会釈もせず、まさに「そこ除け」といわんばかりの勢いに高齢者たちは逃げるようにロープやプールサイドに避難する。穏やかだった歩行コースの雰囲気が一変し、棘々とした空気が流れた。プールサイドにいた監視員もその剣幕に押されてなにも言わない。
 水中ウォークのガイドブックには「話しながら歩くようなスピード」と書いてある。水の抵抗に逆らいながら、一歩一歩しつかり踏み出して筋肉を強くする意識をもって歩けといわれ、それを心がけてきたのに、あの中年女性グループの馬力で闊歩するやり方は傍若無人で、マナーもなにもないと腹がたった。
 知り合いのスポーツ指導者に疑問をただしたら、こんな回答がかえってきた。
      「中年女性たちの水中歩行は有酸素的、高齢者の方たちは筋力アップが目的ではないでしょうか。彼女たちは筋力をつけることよりダイエットに関心があるので反動をつけて大股に勢いよく歩くのてはないですか?。それに、中年おばさまたちはストレス発散も兼ねて楽しんでいるのではないですか?。かつて日本は反動をつけるラジオ体操がさかんでしたが、ボブアンダーソン(米国のスポーツ理論家)が最新のストレッチをひろめてからは、反動をつけるバリスティックストレッチは危険が多いということで、静かに動くストレッチの全盛期になって今に至っています。バリスティックも使い方で効果が出るので良いと思っています」
 水中歩行には、ダイエット効果のあることを忘れていた。
 そういえば、脂肪のかたまりのような中年太りの女性グループだった。足腰に故障をかかえ筋トレしか頭にない高齢者には、"闖入者"のように思えてななかった彼女たちは、ダイエットだけしか頭になく、そのためには真剣になって馬力のように歩くのに懸命で、まわりの高齢者のことなど考える余裕もないのだろうと、納得がいった。

 ただ、問題なのは彼女たちのプールマナーである。本来なら分別盛りで周囲への配慮があって然るべき年代である。「お先に」にぐらいの挨拶をし、追い越しの際には少しスピードを落とすぐらいの良識があるのが普通である。自分本位に周囲の迷惑も考えずにガムシャラに歩きまくるのは問題である。
 水中歩行ブームが高まれば、ますますこうしたマナー知らずの中年女性が増えてくるかもしれない。泳いでいても狭い往復一緒のコースでは、手足や体が触れることもある。ひところ前なら、女性のほうから「失礼しました」と折れてでたが、いまは男性が「すみません」といわないと、変な目で見られかねない。
 初心者の場合、衝突事故やトラブルを避けるため、往路と複路を別々にして2本のコースに分けるクラブがふえてきたが、プールでのマナーアップは必要である。
 とくに、ラッシュとなる歩行コースは、ゆっくりと踏みしめながら歩く高齢者と、ダイエットのため勢いをつけて元気よく歩く中年女性とは、どうしても歩くリズムやスピードが違い、追い越しが起こるのは避けられない。
 追い越しが出来るようコースの幅を広げたり、交通整理をする必要があるが、それより先に、追い越しには会釈をかわすとか、声を掛け合うマナーを確立すべきである。老人は、とかく自分たちのペースで歩ける占有コースと思いがちで、ダイエットおばさんたちにペースを乱されると腹を立てる。
 一方、少しでもダイエットをと、スピードをあげて歩く中年女性は、高齢者への気くばりと、互いに不愉快な思いをさせないというマナーを心がけてほしい。追い越しながら「お元気ですね。頑張ってください」と声をかけるぐらいの余裕があれば、老人も「どうぞ」と笑顔で譲るようになり、不快な思いをせずに水中歩行を楽しめるようになるだろう。


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2009/04/03

ある市立病院のパソコン騒動

 首都圏の政令都市の市立病院で先月から、診療、会計事務処理にパソコン・システムを導入した。いわゆる電子カルテへのためだが、聴診器をマウスに変えた医師の戸惑いから診察時間が大幅にのびて、診察待ちに3時間もかかる大渋滞に患者からの不満が殺到する騒ぎが続いている。
 診察、会計処理を能率化してスピードアップするパソコンシステムの導入が、裏目に出た。予約しながら、診察は3時間遅れ、
医師はパソコン画面に目を奪われて患者と向き合う余裕もない診察に、患者の不満が増大している。

 世の中はすべてパソコン化し、街の理髪店まで導入している。病院でも規模がさほど大きくない私立病院では3年前からパソコン導入に踏み切っているが、規模が大きく、予算の制約がある公立病院は、その実施が大幅に遅れた。
 医師不足から退職したOB医師を嘱託医として応援を求めるケースも多いが、これらの医師はパソコン世代ではなく、不慣れなのが混乱を招いた。メスを執ったら難手術もこなす名医とされた消化器外科の権威も、パソコンのマウスは高校生にも及ばない。患者を診る診断は、正確で患者の信頼が厚いから、診察日には門前市をなすほど大勢の患者がかけつけ、予約もままならず、それに割り込むのにも大変である。名医の令名が高く、患者が押し寄せるので、定年退職後も自分が手がけた患者を見捨てられない、と医道精神から診察している医師も少なくない。

 診察は医師と患者の心の繋がりと信頼が重要で、とくに高齢者の場合は、血液検査のデーターだけで事務的に診断したり、「お年ですから」と方付けられるのを嫌う。また、医師に訴えて話を聞いてもらうだけで満足する。主治医の一言で安心して元気になるケースも少なく、「医は仁術」という要素は根強く残っている。
 たから、遠方から駆けつけたり、評判を聞いて新しく診察に訪れる者がふえて、OB医師は辞めたくても、辞められない。心が通わない医療の貧困を物語っており、自分の経験に自信があるから、検査や薬漬けにせず、患者の取れまく環境や病歴も熟知しているから、血液検査などの数値の微妙な変化にも「心配ない」と相手にしないので、患者も安心する。

  パソコン診察の導入によって、診察が機械的、事務的になって、OB医師たちはパソコンとの対応に疲労困憊、患者との心の触れ合いをする余裕がなくなった。診察時間を短縮する目的が、逆に長引く。それも、患者との対話ではなく大半をパソコンに費やすためとなって、これでは患者に迷惑をかけるだけと、引退を決意する医師もでてきた。
 患者にとっても、
主治医は顔色をみて、「調子はどう?」と聞くのに、マウスに手をおいてカーソルを移動させて口もきかないのに不信感を抱く。前回の血液検査結果を画面にだして「少し血糖値が高いかな」というだけで、問診もしない。
 これが、新しく導入された「電子カルテ」の実態である。パソコンに不慣れのため診察よりも、カーソルを動かすほうに気持ちがいっている医師。患者と話したり、説明する名医と評判の「主治医」の顔は消えてゆく。
 聴診器は、いまは医師の「かざり」だけで滅多に使わないが、電子カルテになって、聴診器がパソコンのマウスに変わってしまったのかと、寂しくなる。電子カルテは、カルテ公開には便利で、他の病院でもパソコンで簡単にみることができる利便があるが、まだ、系列の同じ病院間でないと電子カルテは通用しない。
 「薬は二週間分にしくだい」というと、「四週間にして欲しい。入力しなおすのは大変だから・・」という。 前にもらったときに「四週間分」と入力してあり、血圧の薬など、どうせ飲むのだから構わないだろうしいわれる。
 検査結果と薬の処方箋は、その場でプリントして渡してくれた。これは、ひとつの進歩かもしれない。注射のため処置室にいったら、そこにもパソコンの端末があって看護師さんがみていた。「もう、これがあるから医療ミスはありませんよ」と、パソコン馴れしている若い看護師さんは胸を張り、不慣れな主治医とは対照的だった。
 たしかに、電子カルテのメリットは大きいが、患者と医者の会話や振れあいが少なくなって、なんでも検査の数値だよりに頼って、患者と医者の間をクールにさせて、「医は仁術」という思想がまた一段と薄くなるのが現実である。

 パソコン世代の医師たちが、自由にパソコンを活用した、診察時間を短縮して多くの患者を診るための過渡的な現象かもしれないが、それならパソコン診察によって浮いた時間を患者との対話や診断に使ってほしい。パソコンに限らず、電子機器の登場で便利にはなるが、無機質な器具の仲立ちは、とかく人間関係の暖かみを失わせて無味乾燥にさせがちである。医療現場では、心や体の悩みを抱えた人が集まるので、クールにならないよう心がけてほしいと願わずにはおられない。

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2009/04/01

:検察リークに振り回されるマスコミ

 西松建設マネーの東京地検特捜部の捜査態度は、「検察国家」への道を突き進む恐れがある、と元東京地検特捜部長が危惧するコメントを発表している。民主党小沢代表の秘書に対する地検の強制捜査に対して、検察首脳の一部に批判があると伝えられていたが、これほど明確に論理的な問題提起は初めてである。
 小沢代表に対する「政治と金」をめぐる金権政治批判もさることながら、検察が政治を支配する「検察ファッショ」の再来は、日本を恐怖国家に陥れるおそれがある本質的な問題として、国民はこんどの地検の手法を注視すべきである。

 小沢代表秘書にたいする地検の捜査手法に疑問をもち「特捜の体質変容を危惧する」コメントを4月1日付けの「朝日」に載せたのは、リクルート汚職事件などを指揮した元東京地検特捜部長の宗像紀夫氏で、かなり長文のものである。
 こんどの地検の強制捜査の時期、手法には、検察の伝統と歴史のなかで異例なものとして、過去の汚職摘発の歴史と対比させながら克明に批判している。
 そのなかで、とくに印象に残ったのは、小沢代表の大久保秘書を起訴したときの東京地検次席検事の新聞発表への疑問である。
 「政治資金収支報告書の虚偽記載は国民を欺いて、その政治判断をゆがめる重大悪質な事案と判断した」という地検次席検事の談話に対して、宗像氏は「わざわざ、こんな趣旨の説明は不要で、最後まで事件の進展を見ていただきたい、といえばよい」と真っ向から批判している。
 そして「なぜなら、検察の伝統的な考え方では、政治資金規正法違反は、たとえば多額のウラ金を取得していたというケースでない限り、事件の最終目的とはなりえないからです」と語っている。「第二、第三の、贈収賄や脱税などのより悪質な犯罪の摘発が控えているときのみ、政治資金規制法違反による強制捜査といった例外的な捜査手法が許される」と明言している。
 
こんどの大久保起訴は、そこまでいっていないので、地検に焦りがあり、居丈高に「悪質、悪質」と強調する次席検事談話となった。捜査に確信がある場合は、多くを語らずに淡々と起訴事実の説明だけで、感情むき出しのコメントなどしないのが通例である。「負け犬の遠吠え」にさえ聞こえる次席検事談話に、些細な取材経験の身からも不審に思っていた。まさに、宗像氏の指摘どおりである。

 さらに、こんどの地検捜査では、捜査が進展しないためか、マスコミの一部に情報をリーク(漏えいする)が異常に多い点に疑問をもった。リークというのは捜査に自信がないから、予測や虚偽の情報をもっもらしく漏らす、検察や警察の手法である。かって、ある地方の名門小学校が火事にあい、警察は火事見舞いを出す癖のある精神薄弱者を犯人に仕立てた。弁解能力のない精神薄弱者を犯人として、こっそりM紙だけにリーク、特ダネとさせた。疑問や記者の意地から警察発表のウラを徹底的に洗いなおしたら、完全な冤罪で、リークして捜査課長は免職ととなる事件を担当した経験からも、リークと特ダネは紙一重の危険性がある。
 こんどの事件でも、大久保秘書が容疑を全面的に認めたと一部のマスコミが報道、弁護士側はそれを否定して問題になった。先日の国会でNHK予算審議にかんで無所属議員から追及され、ニュースソースは明かせないとNHKは逃げるだけでニュースの真偽には確答をさけた。
 これはあきらかな、検察のリークで、マスコミが振り回された例である。その後、大久保秘書の容疑を認めたという報道は嘘のように消えて、後追いする新聞もなくなった。いまのマスコミには意地かなく、発表に頼りきりという記者が多い。
 かつては、抜かれたニュースは後追いせずに、その真偽を調べなおすのが記者の意地でもあった。だから、簡単に捜査などのリークに振り回されなかった。これはマスコミの堕落ともいえる。

 こうしたリークに関連して宗像氏は、検察とマスコミの関係にも言及している。
 「マスコミは検察と一体になっていますね。弱者の目を持たなければならないのに、強者の目で事件をみているように思える。在職中は検察に好意的な記事を読むと心地よかったが、検察の現場を離れた今、そうした記事を読むと異様な感じがします」と、率直に語っている。
 自民党の二階産業経済大臣の西松建設からのマンション提供など数千万円の便宜供用容疑が取りざたされながら「地検は強制捜査の方針を固めた」と、マスコミは報じてから10日余を過ぎても、検察は一向に動かない。
 宗像氏の言う検察の伝統的な政治資金規正法違反の捜査手法からすれば、職務権限があり、便宜供用が民主党の小沢代表よりも証拠がそろっている。それにもむかかわらず「固めた」とリークして世論の目をかわす検察の態度は不公正である。一説によると、現職閣僚は首相の同意がないと強制捜査ができない内規が検察との間にかわされいるという。
 麻生首相が、先月来、数回、書類整理と称して帝国ホテルにこもって密会しているといわれる。そして、その翌日に極まったに検察の動きがあると伝えられ、密会の相手は検察首脳と囁かれている。真偽のほとは確かめようがなく、大手マスコミは、こいした件はいっさい報道しない。
 小沢代表が辞任せず続投している裏には、検察との駆け引きがある。検察の動きを見守っているのは知る人ぞ知るで、代表の椅子にこだわっているわけではない。国民は、検察が喧伝するイメージ作戦ただけにとらわれず、検察と政府が組んだら、なんでも出来るという強権、恐怖国家への道を歩む危険が潜んでいることを見逃さないで欲しい。
 「検察はいつでも、どんな事件でもむやれるといことになったら、"検察国家"iになってしまいます」と、元特捜部長の宗像氏が、コメントを締めくくっているのは、なにを意味するのか、よく考える必要がある。


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