山崎豊子「運命の人」を読んで
「沖縄を金で買うのか」といわれた日米密約漏洩事件をモデルにした山崎豊子の「運命の人」(全4巻・文芸春秋社)が発売された。「華麗なる一族」「大地」「沈まぬ太陽」などを発表してきた社会派作家の山崎豊子が沖縄問題をテーマに、最後の大作として取り組んだエンターティメント、37年前に問題になった密約を暴いた新聞記者逮捕の「国策捜査」「スキャンダルのすり替え」などを、どう問い直すのか読んでみた。
「運命の人」のモデルになった外務省機密漏洩、通称「西山事件」は、沖縄返還をめぐり、米国が支払った土地の現状復旧費の400万ドル(15億円)、実は日本政府が米国側に払った肩変わり密約を、毎日新聞の西山太吉記者がスクープ、外務省が西山記者と外務省の女性事務官を機密漏洩罪として告発、検察が起訴して密約の存在を隠蔽しょうとした事件である。検察は、西山記者に密約文書を渡した女性事務官との間に男女関係があったことを公開、起訴状に「ひそかに情を通じて・・」と異例の記述をしたことから、国民の関心は「密約」から興味本位の「下半身問題」にすり替えられた。
「密約」は、米国の公文書公開で、その存在が確認されたことから、当時の外務省条約局長も数年前にそれを認めたが、政府はいまだに存在を否定し続けている。外交上の機密というよりも、国民を欺瞞する密約を隠蔽するため新聞記者を逮捕、「そそのかしの罪」として法定で裁くのは、国民の「知る権利」を損ねる問題として問題になったが、女性事務官との関係を暴くという検察の手口に国民もマスコミも、問題のすり替えという検察の罠にはまって、その本質を見失ってしまった。
「白い巨塔」「大地」「沈まぬ太陽」など一連の社会派長編ドラマを書きつづけた山崎豊子は、「沖縄への強い思いゆえに」と10年の歳月をかけて西山事件を洗い直して、「運命の人」として1700枚の大作を書きあげ、その真相に迫ろうとした。
この事件を扱った当時の作品、映画には見られない新聞社の内幕、マスコミの取材、政府と検察との癒着などを生々しく描きながら、西山記者を軸にした人間ドラマを展開してゆく。政府・検察の陥穽にはまったまま、男女問題としか捕えていない傾向が強いが、「運命の人」によって、疑惑に満ちた沖縄返還の日米交渉の真相、政府の意のままになる検察の権力の恐ろしさと、危うさを改めて知らされた。
「運命の人」の中心となる毎朝新聞(毎日新聞)政治部の外務省詰めキャップ・弓成亮太(西山太吉)は、38歳、野心に燃え独特の個性をもち、政治記者として油ののりきった働き盛りである。外務省詰めは2度目で幅広い取材網の人脈を築きあげていた。記者嫌いの外務官僚からも「弓さん」と呼ばれ、親しみと畏敬を持たれる花形だった。
彼は政治記者の駆け出し"番記者"時代、当時、佐藤政権の官房長官だった大平正芳(のちの首相) に食い込み、緊密な間柄を築きあげていた。外務官僚も、彼の政界への影響力を知って、積極的に近づいてそれにあやかろうとする高級幹部は少なくなかった。
その中でも、外務省ナンバー2の安西審議官とは7年越しの付き合いで、部屋への出入りもフリーパスだった。キャップとして帰り咲き、審議官室を訪れて、たまたま出会ったのが審議官付きの女性事務官・三木昭子(蓮見喜久子) だった。10年のキャリアーをもち、代々の審議官付きをつとめるベテランで、38歳の既婚とは思えない若さと艶っぽさを漂わせる省内でも評判の美人秘書である。
彼女は弓成記者のことは知っていたが、会うのは初めてだった。キャリアの高級官僚にはない個性的で精力的に仕事をこなすタイプに関心をもち、積極的に近づくようになった。
1971年(昭和46年)5月、沖縄返還協定の調印を前に、新聞各社の協定内容をめぐる取材合戦は激化、そのピークに達していた。弓成記者の安西審議官室への出入りも頻繁になり、毎日のように顔を出し三木事務官との接触する機会がふえて親しく口を交わすようになった。上司のお気に入り記者ということもあって、審議官の留守中も招じいれて部屋に入れて、返還基地リストの機密文書を盗み見るチャンスを与えたりした。
そして請われるまま、日米交渉に関わる機密文書コピーの束をこっそり持ち出して、赤坂見附の政治誌事務所に待っている弓成記者に届けた。文書の束は厚さ15㌢という膨大なもので、中から重要とみられる3通だけ抜きとって返され、彼女はなに食わぬ顔で役所に戻り同僚の男性事務官にも気付かれなかった。その3通が、のちに日米密約として問題になった電信文のコピーである。
さらに、弓成記者が米国務省の招待で渡米すると、2週間の滞在中に機密文書3 通をワシントンの彼あてに送っている。
ここまで読んでくると、二人の間には記者の取材常識を越えた異常なものを感じる。弓成記者の三木事務官への接触と機密を流させる方法には、特ダネのためには手段を選ばない強引さと節度に欠けた危険なものがある。一方の三木事務官が、国家公務員法に触れる恐れがある機密漏洩を大胆にやってのけ、なにが彼女をそうさせたのか疑いたくなる。多少の新聞取材経験のある者なら、だれもが首をかしげて疑問を抱くだろう。
官庁取材では、文書の流れを押さえ、その関門でチェックすれば機密に接して特ダネにすることができる。関門で機密文書の出入りを受渡簿に記入していのは、下級職の女子職員が多く、文書の件名を書き移すだけだから、内容も知らず機密を扱っているという意識に欠ける場合が多い。目端のきく記者なら、予め問題を調べて見当をつけ、機密文書の決裁や稟議にまわされる頃に、それとなく文書の件名だけ尋ねれば、その存在を確認できる。
三木事務官も秘書歴10年のベテランとはいっても、縁故採用で下級職の「外務省雇い」からスタート、運よく「事務官」試験にパスしただけで仕事の内容や意識は変わっていない。それに、外務省は「機密」書類が圧倒的に多く、安西審議官にまわってくる文書は大半が「極秘」扱いのため、機密にたいする感覚も麻痺、警戒心が緩んでいた。
彼女が弓成記者に機密文書の束を渡しのも、機密ボケした意識の現れともみられる。
「バナナ王」と呼ばれ九州一帯を仕切り、一代でのしあがった青果業者の長男に生まれた弓成記者は、稼業を継がす新聞記者を目指して慶応大に進学、箔をつけるため東大大学院で学んだ。毎朝新聞(毎日新聞)に入社、念願の政治部記者としてエリートコースを歩いた。自信家で強引さで政治家に食い込む当時の政治記者の典型的なタイプだった。
妻の由里子は、逗子に代々続いた素封家の生まれで、父親は銀行員としてロンドン暮らしが長く、温厚な性格から「謙虚さに欠けている」と弓成記者との結婚に反対した。由里子に一目ぼれして2週間後には、いきなり逗子の由利子の家を訪ね、以後、日曜ごとに「ご馳走を戴きに来ました」と、一家の食卓に割り込んで新聞に書かれない政界の裏話などで話題を独占した。「うちの家風には?」と首をかしげていた母親や姉妹も、生まれや育ちが違う彼の精悍でエネルギーに魅了されて結婚に賛成した。
強引さと自信家を物語る話だが、結婚後も、月給は全部仕事や付き合いに使うからと渡さず、由里子の実家からの援助で豊かな生活を送っていたという。夜討ち、朝駆けの政治記者暮らしで家族揃って食卓を囲むのは稀だったが、子煩悩で深夜に帰宅しても必ず二人の子どもの寝顔を覗き、由里子も愛車で送迎するなど円満な家庭生活だった。野心満々、自信家で精悍な弓成記者からは想像もつかない、家族思いの人柄を物語る隠されたエピソードである。
さて、彼は三木事務官から、「密約」の存在を示す証拠となる3通の機密電文を手に入れながら、記事にするのを躊躇っていた。本来なら、国家を揺るがす大特ダネとして新聞紙面を飾り得意の絶頂に立っているのに、弓成記者は悩んでいた。
密約の電文をナマのまま入手したとの報告に、本社の編集局は色めきたった。数日前、返還協定の全文を「朝日」にスクープされていただけに、これでリベンジが出来ると政治部長は興奮気味でデスクも弓成記者に原稿を督促した。弓成記者の態度いまひとつはかばかしくない。日頃、自信満々で精悍な彼らしい面影はなく、表情もいまひとつ冴えなかった。
ある程度の予測はしていたが、いざ、密約を示すナマの電文を手にすると、その内容と影響力の大きさに弓成記者は身震いした。返還のため土地の復旧費として米国政府が日本に400万ドルを支払うと格好をつけて、その実、15億円もの巨費は日本が米国に支払ってやるという密約は、あまりに酷過ぎる。国民を完全に欺瞞したもので「肩代わりする」などという格好のよいものではない、と九州男児らしい義憤にからていた。
米国は、ベトナム戦争の失敗で財政は底をついて、1円も払う余裕がないと議会は反対している。そして、日本政府は米国の顔を立てるために、そっくり払ってやるという密約。それなら、最初から土地の復旧費は日本政府が負担したほうがスッキリする。
日米協定の内容は合意され、1週間後の6月17日には調印式が行われる。
「入手してから何度、大スクープしてやろと思ったかもしれません。だが、下手に調印式前に書けば、これだけのネタですから、調印式のみならず、沖縄の復帰そのものにさし障りが出てこないかと、ついブレーキがかかってしまって・・」と、弓成記者は苦しい胸のうちを告白、ストレートの記事ではなく、署名入りの解説記事にしたいと懇願した。
「そこまで考えた上でのことか」と部長は渋々了承したが、「こんな大特ダネをみすみす暖めるとは」とデスクは残念がる。そして、彼が躊躇っている理由をさらに聞かれた。「電信文の日付をみれば分かるように、入手してから8日しか経っていない。5月下旬からの僅かの間に3通すべてを目にすることが出来るのは外務省でもごく一部の者に限られる。電信文をスクープした記事を書けば、ネタ元を危険にさらしかねない」と、ニュースソースの三木事務官への配慮を説明、彼女との約束は破れないと、はじめて真相を明かした。
結局、署名入りの解説記事にしたが、高揚感が湧いてこない。見出しに「軍用地補償費に疑惑あり」と大きく打ってほしいと整理部に掛け合ったが、裏付けがないと容れられなかった。3面左、8段抜きで大きく扱われたが、決定的な決め手に欠け、翌日、福田外務大臣が国会で「裏取引はありません」と疑惑を否定、手に入れた密約は陽の目をみなかった。
年が明けて1972年(昭和47年) 2月、弓成記者は外務省詰めキャップから与党・国会担当の永田町クラブのキャップに異動した。出世の階段をひとつ上り、10名の記者を束ねる政治部記者の頂点を極めて、野心家の彼としては得意だったが、昨年、手にいれた沖縄返還をめぐる密約電文を懐に入れたまま、心に引っかかるものを抱えていた。
国会では沖縄返還問題を野党が追及していたが。決め手がなく攻めあぐんでいた。前年の11月、社会党の横溝議員が弓成の解説記事に関心をみせて接触してきた。そのとき、密約の電文コピーをみせただけで別れた。そして、3月27日、衆院審議の最終日を1日残して、このまま密約電文に陽の目を当てず、歴史の裏側に埋没させてしまうよりは、有効に活かそうと決断、社会党担当を通して横溝議員に電文を渡した。
予算委員会で横溝議員は、慎重に扱ってほしいという弓成記者の要望にもかかわらず、3通の密約電信文をナマのまま政府に突き付け、日付まで明かしてしまった。政府は困惑、言い逃れ答弁に窮して、外務省アメリカ局長は「保管してある電文と照合したいからと、議員席にきて電文を覗きこみ、すばやく文書回覧者の欄を読み取った。
中二階の記者席で傍聴していた弓成記者は、唖然として声を上げそうになった。これをもとに外務省では密約漏洩の犯人探しが始まり、彼に文書を流した三木事務官に査問の手がまわることになる。
ニュースソースを秘匿するため懸命になり、記事に書くのも拒んできた弓成記者の努力も空しく水泡のように消えたのは、思わぬ誤算だった。
自分には犯人探しの手は及ばないと楽観していた三木事務官は、安西審議官付きの同僚事務官が人事課に査問されてから慌てて、弓成記者に3通の密約電文コピーを渡した当時の文書受渡簿だけを焼却処分して証拠隠滅をはかった。女の浅知恵でした受渡簿焼却が逆に彼女が犯人である証拠となって、彼女は機密漏洩の張本人として摘発され、弓成記者に機密の密約電文を渡したことを告白し、夫ともに警視庁に出頭した。
4月4日、警視庁は三木事務官の供述により、弓成記者を国家公務員法違反の機密漏洩容疑て出頭を求め、その夜、逮捕した。これを機に、「西山事件」が暴かれたのである。
弓成逮捕に対して毎朝新聞はじめ、マスコミは筆を揃えて「知る権利」の妨害、「政治逮捕」として検察批判のキャンペーン展開した。外務省職員から機密電信文を入手したからといって、国家公務員法違反で引っかけるのは卑劣だ。新聞記者の取材は、聞きだしたい情法を知る立場にある人間に対しては誰であれ、ありとあるゆる方法で接近して、政治家や官僚の机の引き出しを覗いて書類の盗み見をするする位の心意気がなければ、真実に迫る報道はできない、といった論旨で「弓成逮捕の不当」を国民に訴えた。
「為政者に都合の悪いことは書くべからず。書いた者はこうなると、まさに見せしめ逮捕だ」と、新聞界の怒りが爆発、マスコミ対政府・検察の戦いへと発展する様相をみせて、一般の世論も同調し、連日のようにキャンペンが展開された。
ところが、4月15日、東京地検は二人を起訴。、起訴状のなかで「弓成は三木とひそかに情を通じ、これを利用して三木に外交関係秘密文書ないしその写しを持ち出させて記事の取材をしようと企て・・」と、はじめて男女関係にあったことを公開にする挙に出た。
「ひそかに情を通じてのくだりは、余事記載とはないか」と毎朝側は反発した。「余事記載」とは、「起訴状には犯罪の構成要件以外には触れてはならない」という決まり事である。「その点は内部でも議論を重ねたが、本件では弓成被告が三木被告を意のままに動かしたこど主要な要素で、余事記載に当たらない」と、検察側は答えた。
密約の機密漏洩を裁くよりも、検察は弓成記者を最初からターゲットにしていたのである。その裏には佐藤政権をめぐる政権交代の自民党内の抗争があり、大平派に密着して主導権争いに影響を及ぼしていた弓成憎しという気持ちが佐藤首相にあった。
機密漏洩に弓成記者が関わっていると聞かされた佐藤首相は、十時警察庁長官に指示して「弓成退治」を命じた。検察もそれを受けて動いたのである。機密を漏らした三木事務官は、検察側にとっては弓成退治のため、男女関係を証言させて彼を追い込む絶好の道具だった。それを知らない彼女は裏切られた男への復讐という
女の情念から進んで、二人の関係を詳細にバラした。
「情を通じては、江戸情話そこのけの描写ではないか」「肉体関係と書かず、ひそかに情を通じ、これを利用して、執拗にそそのかしとは陰湿極まる。やられたの一言」と、毎朝新聞幹部は憤ったが、この検察側の意図が的中して、キャンペーンを張っていたマスコミ各社は撤退、国民も密約の存在そのものより「情を通じて・・」に関心が集まった。
この一言で、国民を欺瞞して米国の顔を立てるために、日本政府が15億円もの税金を米国に支払ってやるという密約は、男女問題にすりかえられて、完全に隠蔽されてしまった。
山崎豊子は「運命の人」では、その愚を繰り返し、再燃してはならないという気持ちからか、男女問題への記述はなるべく避けて第一巻では一切ふれていない。
二人が起訴され、法定の場に立たされる第二巻になって、はじめて、その事実に触れるという細かい心配りをしている。法廷証言など、この密約漏洩事件を追及するのには、弓成記者と三木事務官の男女関係を避けて語ることはできないが、低次元の興味本位の経緯よりも、その裏に隠されて仕組まれた政争劇と、米国一辺倒の屈辱ともとれる密約の存在とその意味するものの本質を見極めてほしいと痛感させられた。
まだ一、二巻しか発売されていないが、追って5月末に第三巻、6月に最後の四巻が発売される予定で、こんごの展開が期待される。実在の西山記者の人生からは離れて「新聞社を辞め稼業を継いでも立ち行かず、失意のどん底で沖縄に流れてゆく元記者。人の情と自然とに心癒され、いつしか一人の人間として沖縄の痛みにかかわってゆく・・」そんな主人公、弓成記者の後半生を綴ってゆくと、山崎さんは語っている。
「私ならこうするほかない、という気持ちで書きすすめた」とも述べており、終末まで粗筋をきめて書く山崎さんには珍しい。密約漏洩事件は昭和史を彩る歴史の一コマだが、「情を通じて・・」に惑わされず、その本質を考えなおすのに「運命の人」は、またとないノンフィクション小説の傑作である。
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